『直後の世界』 作:伊佐場 武 ミチル (中場ミチル): ニシカタ(西方キヨイ): ー何もない場所に、白い衣装のミチルがうつむきながら座っている ーやがて、ゆっくり顔を上げ、周りを確認する。 ミチル  あれ?…ここ…どこ?? ーミチル、周りを見渡すが何もなく、戸惑っている ―そこへカバンを持った黒い衣装のニシカタ登場 ニシカタ あ!いたいた、もう、探しましたよ!! ミチル  ん?誰?? ニシカタ (ファイルされた資料を取り出し)ええと…、「ナカバ ミチル」さんで、間違いないですか? ミチル  え?あ、はい。 ニシカタ 平成7年7月19日生まれ、血液型はB型、得意料理はベーコンエッグ…。 ミチル  ん? ニシカタ 好きなフランダースの犬はパトラッシュ、嫌いな魚は深海魚…。 ミチル  ちょ、ちょっとちょっと!! ニシカタ 特技はどこでも寝られること、スリーサイズは…。 ミチル  ちょっと待って!! ニシカタ むかつく上司は…。 ミチル  待って、本当に待って!とにかく待って!! ニシカタ …あ、どこか間違ってましたか?フランダース?フランダースのところですか?? ミチル  いや、もう、フランダースはどうでもいい!ていうか、何だ好きなフランダースの犬って。パトラッシュぐらいしか知らんわ!! ニシカタ 他には、シロとかブチとか…。 ミチル  いや、いるかも知んないけど、そうじゃなくて、そこじゃなくて。何でそんなに私の個人情報知ってんのよ! ニシカタ そりゃ、担当ですからね。 ミチル  担当?? ニシカタ はい。…それじゃミチルさん、行きますか。 ミチル  いや、待って待って待って!まだ理解できてない。まだ全然理解できてないから!!それと行くって何よ。どこ行くのよ。 ニシカタ そりゃもう、もちろん(上を指差す) ミチル  ?二階?? ニシカタ 二階じゃなくて、天界です。 ミチル  ああ、十階。 ニシカタ いや、十階じゃなくて天界です。なんで十の部分だけを英語で言ったと思ったんですか? ミチル  てんかい?てんかいって何? ニシカタ え?あ、そこの説明も必要なんですか? ミチル  そこも何も、だから理解できてないっていってるじゃない!最初からちゃんと説明してよ! ニシカタ 分かりました。えーと、まず、ビッグバンが起こり、この宇宙は誕生したと言われてますが、これが約百三十八億年前で、その約九十二億年後、今から約四十六億年前に太陽系ができたといわれています…。 ミチル  どこまで遡るんだよ!え?宇宙創生の歴史を振り返らなきゃいけない感じの話なの?? ニシカタ だって最初からって言うから…。 ミチル  そこまで最初じゃねぇよ!あんたが担当だ、とか、てんかい?とやらに行く、とかの話してるから、それについて最初から説明しろっていってんの! ニシカタ ああ、なるほど。ええとそれじゃ、私、「ニシカタ キヨイ」と申します。今回あなた様、「ナカバ ミチル」さんの担当に任命されまして、天界にお連れすることになったというわけです。 ミチル  うん。 ニシカタ はい、では、参りましょう。 ミチル  いや、だからちょっと待てよ! ニシカタ はい? ミチル  その部分は分かってんだよ、ここまでの流れで何となく察しているんだよ、あんたの今の説明は、出会ってから今までをざっくりさらっただけなんだよ。 ニシカタ ええ。 ミチル  そうじゃなくて、担当がどうとか、てんかいってのがどうとか、分かんないところを分かるように説明してくれって言ってんの! ニシカタ ああ、そういうことですか、早く言って下さいよ。 ミチル  ずっとそのことしか言ってないから!あんたの察しが悪いだけだから!! ニシカタ とは言っても、困りましたね。そんな基本的なことを聞かれると、かえってどのように説明したらいいものか…。死んだ人間には担当が付いて天界に連れて行かれる、なんてことは分かっているだろうし…。 ミチル  ほーら来たぁー!今、何て言った? ニシカタ え?…えと、「分かってるだろうし」…? ミチル  違う、もうちょっと前。 ニシカタ もうちょっと前…「なんてことは」…? ミチル  そんなちょっとじゃなくて、もっと前…。 ニシカタ もっと前? ミチル  そう、もっともっと…。 ニシカタ えーと…「あ!いたいた、探しましたよ」 ミチル  だー!戻りすぎ!冒頭まで戻んなくていいから! ニシカタ えー、さじ加減がちょっと…。 ミチル  なんでだよ…、じゃ、もうさっき言った部分、全部言ってみて。 ニシカタ さっきの…ですか…?「とは言っても、困りましたね。そんな基本的なことを聞かれると、かえってどのように説明したらいいものか…。死んだ人間には…。」 ミチル  はいそこ!重要なワード出たよ!「死んだ人間」、初めて出てきた。やればできるじゃない。 ニシカタ ありがとうございます。 ミチル  うん。で、どういうこと?? ニシカタ 何がですか?? ミチル  死んだ人間? ニシカタ ああ、私がですね、連れて行く担当なんですよ。 ミチル  うん。…誰を?? ニシカタ ミチルさんを。 ミチル  …何で?? ニシカタ ですから、私が担当ですから…。 ミチル  私のことを…?? ニシカタ はい。担当ですから。 ミチル  …。 ニシカタ …。 ミチル  …ちょっと、話を整理するね、まず死んだ人間は天界に送られる…。 ニシカタ ええ。 ミチル  で、あなたは、天界に送る担当者…。 ニシカタ はい。 ミチル  そして、あなたの担当は…私。 ニシカタ そうです。 ミチル  え?それじゃ…、え?私って…えぇ!? ニシカタ あ!気付いてなかったんですか?道理で話が噛み合わないはずですよ。…そうです、あなたはもう死んで…。 ミチル  あー、えー、あー、何だろう?何かここら辺に知り合いがたくさん居る気がするぅー。 ニシカタ どうしたんですか突然、気のせいですよ。で、あなたはもう死ん…。 ミチル  あ!久しぶり、元気だった?あ、人違いでした、すいませーん。もぅ、私ったらドジっ子なんだから、てへっ。 ニシカタ …。 ミチル  …てへっ…。 ニシカタ キャラが合ってません。 ミチル  うるさいわ!私だってたまにはこういう路線で行きたいわ! ニシカタ そんなことよりっ!…ちゃんと向き合ってください、現実に。 ミチル  …何でよ、いつよ、いつ死んだの? ニシカタ そうですね…一時間ほど前、ですかね…。 ミチル  死因は? ニシカタ えーと………、あ!…いや、やめときましょう。死者を冒涜するようなことは、よくありませんから。 ミチル  死者って、本人だから。本人が知りたいって言ってるんだから、教えなさいよ。 ニシカタ いや、でも、これは…。 ミチル  そこに書いてあるのね! ―ミチル、資料を奪おうとする。 ニシカタ いや、ダメです。ていうか本当に覚えてないんですか? ミチル  覚えてないわよ!死んだことすら気付いていないんだから! ニシカタ じゃあ思い出したくない出来事なんですよ。知らないほうが幸せなコトだって、世の中いっぱいあるんですから。 ミチル  私は知りたいのっ! ―ミチル、奪おうとするが全然奪えない ミチル  (思いついて)あー、あんなところにクローンぽぷちんがいるぅー。 ニシカタ え?本当に?? ミチル  隙ありっ!(奪い取る) ニシカタ はっ、しまった! ミチル  クソアニメにはまっていることがアダとなったようだな。 ニシカタ 返してください!やめたほうが…本当に、見ないほうが…。 ミチル  何といわれようと、後の祭り、六日の菖蒲、盗人を捕らえて縄をな…。 ―ミチル、台詞を言いながらファイルをめくるが、該当部分をみつけた瞬間、息が詰まる ミチル  …う! ニシカタ ………どうしました? ミチル  (ファイルを閉じ)思い出したァーー!イヤァーーー!! ニシカタ ちょ、ちょっと、落ち着いてください。 ミチル  イヤァーーー!! ニシカタ ちょっと、本当に。もう、だから言ったじゃないですか。 ミチル  もう死にたいー! ニシカタ もう死んでます。 ミチル  あ、そうか。 ニシカタ 納得した!? ミチル  あー、そうだ、もう死んでたわ。あーよかった。 ニシカタ いや、良くはないですけどね。 ミチル  (ファイルを渡しながら)ごめんね、取り乱しちゃって。 ニシカタ はい、大丈夫です。…ていうか立ち直り早くないですか? ミチル  だってもう死んだから、じゃ、まぁいいか。ってさ。 ニシカタ そうですか、まぁ、ミチルさんがそれでいいなら別にいいですけどね。…で、その引き出しにあった…。 ―ミチル、素早くニシカタの口を閉じる ミチル  うん、もう大丈夫だから。死因思い出したから。だからこれ以上傷口抉らないでくれるかな? ニシカタ あ、はい。 ミチル  それで?この後私、どうなるの? ニシカタ はい。まず天界に行きまして、その後の処遇を、何か偉そうな人が決めます。 ミチル  偉そうな人?? ニシカタ はい。色々と呼び名があるらしいんですが、ややこしいので私たちは偉そうな人って呼んでるんです。実際会ってみると「あ、偉そう」って思いますよ。 ミチル  ふーん。で、その偉そうな人が地獄行きとか天国行きとか決めるんだ。 ニシカタ ??何です?? ミチル  え? ニシカタ え? ミチル  いや、あの、天国とか地獄とかに行くのを決めたりするんじゃないの? ニシカタ てんごくとじごく?? ミチル  え?違うの? ニシカタ いえ、あの、何ですか?てんごくとかじごくとかって…。 ミチル  え?あ、え??ないの??天国も地獄も…。 ニシカタ いや、何のことか分かりませんけど、はい。多分…。 ミチル  え?じゃあ死んだらどうなるの? ニシカタ そりゃ…、今のこの…、こんな感じですけど。 ミチル  いや、だからその先よ。 ニシカタ ですから、天界に行って、偉そうな人のところに行って、その後の処遇が決まる感じです。 ミチル  その、「その後の処遇」ってのは? ニシカタ まぁ、いろいろですね。その人にあった天界の仕事に就く人もいれば、生まれ変わりを希望する人もいますし。 ミチル  あ、選べる感じなんだ。 ニシカタ ええ、でも正直、ここだけの話ですが、生まれ変わりはお勧めできません。 ミチル  そうなの?でもさ、遣り残したことがある人生だったら、また人間に生まれ変わりたいな?って思う気持ち、分からなくないけどね…。 ニシカタ (ため息)はぁ〜…。 ミチル  ?何よ?? ニシカタ みんなそうなんですが、何で当然のように、また人間に生まれ変われることができるって思うんでしょうね? ミチル  あ、人間にはなれないんだ。 ニシカタ なれませんよ。 ミチル  でも、ネコとかイヌとかでもいいけどね。気ままにのんびり暮らしたり…。 ニシカタ なれませんよ。 ミチル  ま、まぁ、鳥とかでも?自由に羽ばたければ…。 ニシカタ なれませんよ。 ミチル  えっと、ちょっといい? ニシカタ 何ですか? ミチル  アレもだめ、コレもだめって。じゃあ何ならなれるのよ。 ニシカタ 次はウジ虫です。 ミチル  ウジ虫!? ニシカタ ええ。決まってるんですよもう、順番が。そこからさらに何回も何回も、気の遠くなるほど転生を繰り返して、やっと人間になる権利を得られるんです。 ミチル  うへぇ、そうなんだ…、ウジ虫か…ウジ虫はやだなぁ…。ん?あれ?でもさ、よく、私の前世はヨーロッパの貴族です、とか、あなたと私は前世から結ばれていた、なんて話あるじゃない。あれってどうなのよ?? ニシカタ あんなのウソに決まってるじゃないですか。 ミチル  うわっ!言い切った!! ニシカタ 当たり前じゃないですか。まぁ、前世がネクタイとワイシャツだったってのなら結ばれていたってのはウソじゃないかもしれませんが、貴族だの何だのってのは完全にウソですよ。 ミチル  ネクタイとワイシャツって、え?生物以外に生まれ変わることもあるの? ニシカタ ありますよ。まぁ衣服、特にブランド品になる為には相当ポイント溜めないとなれませんけどね。 ミチル  まさかのポイント制? ニシカタ ですから、今、人間として生きている方々は、今がいかに貴重であるか、いかに大切にしなければならないのか、ってことを考えて、生きてほしいんですよね。 ミチル  そうだね、まぁ私はもう死んじゃったワケだけれど…。 ニシカタ 気を落とさないでください、次がありますって。 ミチル  次、ウジ虫じゃん! ニシカタ あ、そういえば。 ミチル  ま、別にいいけどね、生まれ変わりたいわけじゃないし、未練があったわけでもないし。 ニシカタ そうなんですか? ミチル  うん。特にやりたいことがあったってワケでもないし…、ホント、生まれ変わる前の私は何で人間になんかなりたいと思ったんだろう? ニシカタ 知りたいですか? ミチル  え?知ることできんの?? ニシカタ ひとつ前の自分くらいだったら何とか…、あ、でも、やめたほうがいいかもしれません…。 ミチル  何でよ。 ニシカタ 思い出したところで、その願いはもう叶えられませんから。死んじゃったんで。 ミチル  そっか、そうよね。…でもさ、生きている間は生きる意味を見出せなかったんだから、せめて自分が何のつもりで人間に生まれたかぐらい知りたいなって思わない? ニシカタ いや、よく分かりません。 ミチル  そういうもんなの、だから、ね?お願い。 ニシカタ はぁ。まぁ、別にいいですけどね、知りたいって言うんなら。 ミチル  やったぁー。 ニシカタ では、そこに座ってもらえますか? ミチル  ?ここに??うん。 ニシカタ ええと…(道具探して注射器取り出す)、あ、あった!じゃあ腕出してもらえますか? ミチル  ん?(注射器見て)え?ちょ、ちょっと、何する気よ!! ニシカタ これを打つと、気持ちよくなって、夢見心地の気分になります。 ミチル  え?ちょっと、ヤバイやつにしか聞こえないんだけど…。 ニシカタ みんなやっているから。一度だけだから、スグやめられるから…。 ミチル  政府広報のCMで聞いたことあるわ!人生を壊すやつよ!やめて、人間辞める気ないんだからね! ニシカタ 大丈夫ですよ、もう死んでますから。 ミチル  あ、そっかー…、てなるかー!ダメ!ゼッタイ!! ニシカタ 冗談ですよ。これは記憶注入器です。これで前世の記憶の一部を注入するんです。 ミチル  記憶の一部? ニシカタ はい、さすがに全部だと、負担が大きいですからね。あと(にわかせんべいのアイマスク取り出す)これも着けてください。 ミチル  これ?え?何で??これ、福岡のほうのやつでしょ?にわか何とかってやつ。 ニシカタ よくご存知で。 ミチル  こんなの出オチのやつじゃん、すぐ飽きられるネタじゃんか。 ニシカタ いや、コレを着ける事で私があなたの記憶にリンクできるようにするんです。たまーに、記憶の世界から帰って来れなくなる場合があるんで。 ミチル  そうなの?…必要なことなのね?? ニシカタ はい。 ミチル  分かったわよ、じゃあ。(つける) ニシカタ …。 ミチル  で、どうすんの? ニシカタ …。 ミチル  え?どうしたの?いるよね?? ニシカタ …。 ミチル  え?(アイマスク外して)ちょっと…、(ニシカタ見つけて)いるじゃない!ちょっと何やってんのよ! ニシカタ いや、よくやるなぁ、と思って。 ミチル  アンタがやらせてるんでしょうがーっ! ニシカタ うわぁ、ごめんなさい、ごめんなさい。今度こそちゃんとやりますから。 ミチル  本当に、頼むわよ。(アイマスクつける) ニシカタ それじゃ、座って、腕を出してください。 ミチル  はい。 ニシカタ いきますよ!はい(クビに打つ) ミチル  ぎゃー!腕じゃ…ない…じゃん…。 ―ミチル、気を失う ―暗転 ―記憶の世界 ―舞台奥にダンボール追加、その傍らにミチル、倒れている。 ―衣装はそのままだが、アイマスクはなく、代わりにネコ耳をつけている。 ―そこにカバンを持たないニシカタがやってくる。 ニシカタ ん?おー、どうしたー?(頭を撫でる) ミチル  え?あ、ニシカタさん…って、ちょ、ちょっと! ニシカタ 迷子かー?名前なんていうんだー? ミチル  何ふざけてんのよ…、にゃっにゃにゃにゃにゃ(ちょっとやめて)…あれ? ニシカタ 元気いいなー。(ダンボールに気付く)ん?これって…(拾い上げて後ろ側を前にもってくる)「拾ってください」…そうか、お前捨て猫かー。 ミチル  にゃににっにぇんにょ…、だめだ全然話せない。ていうか捨て猫??…(思い出す)あ!そうか! ニシカタ お前も行くとこないんだな…、じゃ、ウチに来るかー? ミチル  …にゃあ。 ニシカタ よし、じゃあ行こう! ―ニシカタ、ダンボールを持ってはける ―ミチル、その後を少しだけ付いていき ミチル  その時の私の鳴き声は、「はい」でも「いいえ」でもなかった。でも、今になって思えば、産まれてすぐに捨てられた私がはじめて感じたぬくもりに例えようのない安らぎを感じていたのだろう。だから私は強く抵抗するつもりもなく、流れに身を任せるように彼女と、キヨイと一緒に生きていこうと思った。 ―ミチル、くるりと回る ―ニシカタ登場 ニシカタ そうだなー、名前は…、単純だけど「シロ」でどう? ミチル  ええー、何だか犬っぽい…。 ニシカタ そっかー、お前も気に入ったかー。 ミチル  いや、気に入ってないから!もうちょっとエレガントな名前がいいなー。チャミーとか、エリザベスとか、ペディグリーとか…。 ニシカタ ペディグリーは犬用だよ? ミチル  何でそこだけ聞き取れてんだよ! ニシカタ それじゃ、シロに決定―。 ミチル  はいはい、もうそれでいいよ。 ―ミチル、ニシカタ、くるりと回る ニシカタ ごめーん、遅くなっちゃった。 ミチル  別にいいよ、アルバイトが忙しかったんでしょ? ニシカタ あ、怒ってるでしょ?しょうがないじゃない、アルバイトだったんだから。 ミチル  だから知ってるし、怒ってないよ。 ニシカタ もう、そんな分からずやさんには、このカルカンをあげないよ。どうするー?まっしぐる?まっしぐりたいよね? ミチル  いや、別に。私ドライフードのほうが好きだし。 ニシカタ …どうやら反省したようだね?それじゃ、許してあげるとしよう! ミチル  え?私が許される側なの?? ニシカタ 大丈夫、シロがどんなわがままを言っても、私は許してあげるから。シロのこと、何でも分かってるからね? ミチル  いや、全然理解されてなかったけどね! ―ミチル、ニシカタ、くるりと回る。 ―ミチルにスポット ミチル  こうやって、いくつかのすれ違いがありながらも、私とキヨイは楽しく過ごしていた。長く一緒に暮らしていれば、いろいろと見えてくることがある。見たくなくても、見るつもりがなくても…。キヨイはいつも一緒にいてくれた。アルバイトの時間を除けばずっと一緒だった。それが何を意味するかは何となく分かっていた。キヨイには、一緒に時間を過ごしてくれる人がいなかった。家族も、友達も…。あの時の私と一緒だった。 ―照明戻る ニシカタ ねぇ、シロ。今日が何の日か分かる? ミチル  今日?何だろ?? ニシカタ じゃーん(鈴のついたペンダントを出す)、今日はシロがこの家に来て一年目の記念日なのでしたー! ミチル  一年?一年て何?? ニシカタ 捨て猫だったからお誕生日とか分からないからさ、この家に来た日をお誕生日ってことでいいかな?賛成のひとー! ミチル  良く分かんないから何でもいいんじゃない? ニシカタ よーし、全会一致ということで民主主義にのっとり、今日をシロの誕生日とします。(ペンダントかけながら)はーい、プレゼントだよー。おー、似合ってる、似合ってる。 ミチル  え?ちょ、ちょっと苦しいよ(外そうとする) ニシカタ あ、外しちゃダメだよ。(直す)これは、私たちが家族である証拠なんだからね。 ミチル  えー。 ニシカタ シロが来てくれて一年、楽しいことばっかりだったな。 ミチル  私はもどかしいことばっかりだったけどね。 ニシカタ 家族になってくれて、ありがとう。 ミチル  にゃー。 ニシカタ ずっとシロがいてくれたら、寂しくなんてないからね。 ミチル  にゃー。 ニシカタ これからもずっと、よろしくね。 ミチル  にゃー。 ニシカタ あんた、たまに可愛くない鳴きかたするよね。ま、そこも気に入ってるんだけどね。 ミチル  にゃー。 ニシカタ さてと、それじゃ、ちょっと片付け物してきちゃうね。 ミチル  にゃー。 ーニシカタ、はける ミチル  ずっと一緒にいたい。それは私も同じ気持ちだった。けれど、きっとそれは叶わない願いなんだろうと思った。だってキヨイは人間で、私はネコなんだから。時間の流れ方が違う私たちは、ずっと一緒にいることは、きっとできない。そしてその時は、唐突に訪れた。 ーミチル、くるりと回り、ペンダントをはずしてその場に伏せる(寝る) ーペンダントが引っ張られるようにはけていく(出来れば途中で音出す) ーはけていく途中でミチル、気付く ミチル  ん?あれ?(遠くに見つける)…あ!こらー、ネズミ!それ返せ! ーペンダントを追いかけてはけるミチル ミチル  (声だけ)どこ行ったー!返せー!…ん?あ! ーSEクラクション、ブレーキ音、衝突音 ーニシカタ登場 ニシカタ ただいまー。…あれ?ただいまー。…シロ?居ないの?…出かけてるのかな? ーミチル登場 ミチル  …にゃー…。 ニシカタ あ、シロ。(シロを見る)え?どうしたの?シロ! ミチル  …キヨイ…ごめん…家族の証拠…なくしちゃった…。 ニシカタ ひどい怪我…どうしよう…。 ミチル  ごめんね…キヨイ…もうだめみたい…ずっと、一緒にいられなくて…ごめん…また、一人にしちゃって、ごめんね…。 ニシカタ そうだ、病院!シロ、大丈夫だからね! ミチル  今度…産まれるなら、人間がいいな…、そしたらキヨイと友達になって…、ずっと一緒に…(こときれる) ニシカタ シロ?…シロ!シロー! ー暗転 ―元の場所 ―ミチル、ネコ耳はなく、アイマスクをつけ、記憶の世界に入る前と同じ位置にいる。 ―ニシカタはカバンを枕にして寝ている。 ミチル  はっ!え?何?まっくら?何も見えない。なんで、どうして?…もしかして、これが地獄ってやつ? ―ミチル、うろうろする中で、ニシカタを(わざとっぽく)蹴飛ばす。 ニシカタ 痛っ!ちょっと何ですかもう、気持ちよく眠っていたのに…、うわっ!何だコレ?ちょっと、何やってんですか?? ミチル  見えないー、何も見えないー…。 ニシカタ いや、その、にわかせんべい、にわかせんべい! ミチル  にわかせんべいって何よ。私は今、暗闇地獄を彷徨っているというのにー。 ニシカタ ですから(外してあげる)コレ! ミチル  ぎゃー、目がー、目がぁー!! ニシカタ …ホント、何やってんですか?? ミチル  だって、急に取るから…。 ニシカタ 気付かないんですもん。…それで、何か分かりました? ミチル  何か?って、何が?? ニシカタ だから、人間に生まれた理由ですよ。 ミチル  ああ…、えっとね、私、あなたに会うために、人間になったみたい。 ニシカタ …なんですか?ストーカー宣言ですか? ミチル  そうじゃなくて…。 ニシカタ 怖い怖い…、え?いつから?いつからですか? ミチル  だからちが…。 ニシカタ 誰かー、誰かこの中に警察関係の方はいらっしゃいませんかー? ミチル  話を聞け!動くな!喋るな!そこに座れ! ―ニシカタ、言われた通りにする ニシカタ …はい。 ミチル  …にゃー。 ニシカタ …? ミチル  にゃー。 ニシカタ 何ですか? ミチル  にゃー! ニシカタ いやいやいや、分かんないですって。それにどうせやるならもうちょっと可愛い鳴きかたしてくださいよ、そんな可愛くない鳴きかたする…ネコ…なん…て…? ミチル  …にゃー…。 ニシカタ …もしかして…、シロ? ミチル  にゃー(とびかかる) ニシカタ 本当に?本当にシロなの? ミチル  うん。私の前世でね。あの時…、死んだ時に思ったの、キヨイを一人ぼっちにさせたくない、生まれ変わって人間になって、キヨイのそばにずっといてあげたい。って。 ニシカタ それが、あなたが人間に生まれた理由? ミチル  うん。でも結局、人間の時には会えなかったけど。 ニシカタ …そっか、会いにきてくれたんだ…。 ミチル  もう一人じゃないよ、これからはずっと一緒だよ。 ニシカタ うん、ありがと。 ミチル  それじゃ、行きますか? ニシカタ え?どこへ? ミチル  どこって…(上を指差す) ニシカタ ああ、二階ですね? ミチル  二階じゃなくて天界でしょ? ニシカタ ああ、十階。 ミチル  十階じゃないよ、なんで十の部分だけ英語だと思ったんだよ! ニシカタ ふふふ、そうですね、じゃ、行きますか。 ミチル  そういえばキヨイ、私カルカンよりドライフード派だったんだけど。 ニシカタ えーそうなの、奮発してたのになぁ…。 ―二人、他愛もない話をしながらはけて (幕)