『デイ・ブレイク』 作:伊佐場 武 登場人物 一郎・・・北条 一郎(ホウジョウ イチロウ) : 南部・・・南部 博士(ミナベ ヒロシ)    : 父 ・・・北条 忠史(ホウジョウ タダシ)  : 母 ・・・北条 良子(ホウジョウ ヨシコ)  : 咲良・・・北条 咲良(ホウジョウ サクラ)  :   アパートの一室。   部屋には一郎と南部がいる。 一郎  暑いなー。 南部  暑いですねー。 一郎  今、何度? 南部  36度です。 一郎  うへぇ、まだ七月始まったばかりだぜ、この分だと八月には40度軽く超えるんじゃねぇのか? 南部  一郎さん。 一郎  ああ? 南部  せめて扇風機買いましょうよ。 一郎  ばかやろ、オレにはな、扇風機を買う金も使う金もねぇんだよ。いいじゃねぇか、団扇でソコソコ涼しいだろ、エコだよ、エコ。 南部  熱風しか来ませんよ。 一郎  気合が足らねぇんだろ。 南部  気合入れると余計暑苦しくなります。 一郎  あー、もぅ、うるさいなぁ・・・、今日は何時からだっけ? 南部  何がですか? 一郎  稽古だよ、稽古。 南部  今日は休みですよ。 一郎  え? 南部  ホラ、言ってたじゃないですか、学生メンバーは今日から・・・。 一郎  あ、そうか、試験対策か・・・、すると・・・、 南部  はい、一週間は稽古休みです。 一郎  マジでー、何だよ、稽古場でエアコンガンガンにかけて涼もうと思っていたのにー。 南部  エコと真逆じゃないですか!そういうことしているから稽古場の使用料が上がって、団費が上がって、扇風機が買えなくなるんです。 一郎  うるさいうるさい!今日はバイトも休みだしなぁ・・・、よし!映画館に行くぞ! 南部  え?珍しいですね、何の映画観るんですか? 一郎  観ねぇよ。 南部  …じゃ、何しに行くんですか? 一郎  予告編観て、映画のチラシをチェックする。ほら最近は舞台の役者がテレビや映画に出たり、舞台の作品がドラマや映画になったりするだろう?残念なことにウチにはテレビがないからな、せめて映画だけでもどんな役者や作品が人気なのかをチェックしようと思ってな。 南部  そんな事行って、どーせシネコンのロビーで涼むだけでしょう? 一郎  う! 南部  最近はデパートとかも省エネで涼しくないですからね。でもなぜかシネコンのロビーとかはガンガンにエアコンかかっていて涼しいですもんね。 一郎  い、いーじゃねーか!最新映画の予告編が観れて、涼しむこともできる、一石二鳥じゃねぇか! 南部  リストラ親父の暇つぶしじゃないんですから。 一郎  たまにポップコーンも落ちてるから一石三・・・。 南部  やめてください! 一郎  ま、これもエコだよ。 南部  エコ関係ないじゃないですか。 一郎  ホラ、とにかく準備しろって(部屋の奥にハケる) 南部  え?本当に行くんですか?・・・、ったくヘンな趣味ばっかりなんだから。   ドアが開く、父入ってくる。 父   おーい、来たぞー。いやー今日も暑いなぁ、まだ七月始まったばかりなのになぁ、この分だと八月には・・・、(南部みて)誰? 南部  いやいや、あなたこそどちら様? 父   私は・・・。 一郎  (出てきて)何だ?どうした…(父見て)オヤジ! 父   よっ、久しぶり! 一郎  何でココが分かったんだよ。 父   まぁ、色々あってな・・・。そうだ、母さんも来ているぞ。母さん。 …ん?母さん?あれどこ行った?母さん!   母を捜しに一旦はける父、そのスキに戸を閉め鍵をかける一郎。 一郎  ふう・・・、(南部に気付き)いや、ははは・・・、何だろうな?今のヤツ。   戸の向こうでドアを開けようとしたり、叩いたり、声をかける父(途中で 止む) 南部  いや、オヤジさんでしょ?何閉め出してるんですか、入れてあげないと・・・。 一郎  いやいや、待て待て、とにかくまず俺の話を聞け。 南部  聞きますから、まずオヤジさん入れてあげましょうよ。 一郎  いいからまず聞けって。アイツは確かにオヤジだ。だがお前の考えているオヤジとは少々違う・・・かもしれん。 南部  何ワケの分からないこと言ってるんですか。オヤジさんはオヤジさんでしょ? 一郎  いや、お前は今、オヤジ=父親と考えているだろう?そうじゃないんだ。 南部  え? 一郎  アイツの名前は大谷 仁(オオヤ ジン)、あだ名は『オヤジ』。高校時代の演劇仲間だ。 南部  見え透いたウソつかないで下さいよ!一郎さん、今、36ですよね。 一郎  ああ、そうだけど。 南部  どう見たって定年過ぎた顔してたじゃないですか!同級生というには無理がありますよ。 一郎  コラ!いくら大谷さんが老け顔だからって失礼だぞ! 南部  あ、それに「かあさん」も来てるって・・・。 一郎  河村さんも来てるのか・・・。 南部  は? 一郎  河村さん。通称『かーさん』。 南部  本当ですかぁ? 一郎  本当だよ、こんなことでウソついてどうすんの。   南部、つかつかと戸に近づき、開けようとする。 一郎  (制して)ちょ、ちょっと待って。何しようとしてんの? 南部  いや、本人に確認しようと思いまして・・・。 一郎  ごめん、ウソです。 南部  早っ!つーかそんなにスグ白状するのならはじめからウソつかないでくださいよ。 一郎  ああ、ウソさ!オヤジは父親だし、かあさんは母親だよ。だがな、それの何がいけないんだ?オヤジがいてオフクロがいてオレがいる、普通のことじゃないか! 南部  そりゃそうです。 一郎  何だよ、オレごときに親がいちゃいけないのか?暗く、音のない世界で生まれた設定か?オレは。 南部  ちょ、ちょっと待って下さい、一郎さん。 一郎  早くにんげ・・・。 南部  一郎さん! 一郎  な、何だよ。 南部  話、めちゃくちゃズレてます。 一郎  そうだったか? 南部  別にオヤジさんやオフクロさんがどうこう言ってるんじゃないでしょう?何で閉め出そうとしているのかを聞きたいんです。 一郎  あ、ああ。・・・なあ、お前を見込んで頼みがあるんだ・・・。 南部  何ですか? 一郎  オレ、今日、オヤジ達に強制送還されるかもしれない。 南部  え?どこにです? 一郎  実家にだよ、考えてもみろ、四捨五入すれば四十代、定職にもつかずバイトでつなぐ貧乏暮らし、真剣に打ち込んでいるものといったら鳴かず飛ばずの弱小劇団。 南部  え?でも貧乏暮らしは・・・。 一郎  とにかくだ、今の状況を一目見たら親はオレを連れ戻そうとすると思うんだ。だから・・・。 南部  僕・・・ですか? 一郎  ああ、設定は売れっ子役者で。 南部  え?ウソつくんですか? 一郎  オイオイ、人聞きの悪いこと言わないでくれたまえよ。ちょっと未来の話を前借りするだけではないか。 南部  ・・・一郎さん、正直に言った方がいいんじゃないですか?頼めば何とか・・・。 一郎  そんなにうまくいくのなら苦労しないさ。大丈夫、お前には迷惑かけないからさ。 南部  でも・・・。 一郎  オレの話にあわせるだけでいいから、ほらエチュードだと思って、な? 南部  ・・・はい・・・。 一郎  はい、じゃ、本番開始!   一郎、ドアを開けようとするが、反対側から父、登場する。 父   本番?何の本番だ? 南部  おぁっ! 一郎  うわっ!どっから入ってきやがったんだ? 父   だってお前が戸を開けてくれないからさ、外に回ったんだよ、するとちょうど窓が開いていたもんでな。 南部  え?ココ、二階ですよね。 父   いやー、趣味の山登りがこんな形で活かされるとは思ってもみなかったよ。 一郎  活かされるワケねぇだろ!山登りと壁のぼりは全く別モンだろうが! 父   え?そうなの?でもまぁ、そこは何となくな感じでさ。 南部  面白いお父さんですね。 一郎  ほっとけ! 父   オイ、イチロウ。 一郎  『オイ、鬼太郎』みたいに呼ぶな。何だよ。 父   その隣の彼はドナタデスカ? 一郎  ああ、コイツはオレの後輩の南部。 南部  南部博士です。一郎さんにはいつもお世話になってます。 父   何?世話になっているだと?ま、まさか一郎、この彼とふしだらな・・・。 一郎  いきなり何言い出しやがんだテメーは!とうとう頭がイカレやがったのか? 父   いや、以前、咲良が言っていたのを思い出してな・・・。 南部  サクラ? 一郎  あれは咲良のウソだって言ったろう? 父   あ、ああ、そうだったな、スマンスマン・・・。それにしても今日は暑いなぁ・・・。おい、エアコン付けてくれ。 一郎  ねぇよ。 父   え?じゃあ扇風機でいいよ。 一郎  ねぇよ。 父   ・・・おい、そんなに生活苦しいのか? 一郎  え?何が? 父   扇風機も、・・・テレビも、・・・よく見りゃ何もないじゃないか、この部屋。 一郎  い?い、いや、・・・その、・・・役作りだよ、な? 南部  は? 一郎  な! 南部  あ、はい。 父   役作りったって、こんなに何もないんじゃ・・・。 一郎  いや、オレはさ、リアリティを追及するタイプだから、私生活から役に入り込める環境にしないと気がすまないんだよ、な? 南部  そ、そうそう。次はどんな役でしたっけ? 一郎  貧しいアマチュア劇団員。 南部  わあ、ものすごいリアリティですよね。 一郎  もう体の芯から貧しさがにじみ出してくるぐらいにな。 一・南 ははは・・・。   父の携帯鳴る 父   あ、もしもし。母さん?どこ行っちゃったんだよ・・・うん・・・だったら呼び止めてくれよ・・・いや、いらないけどさ・・・え?もう着いたよ・・・、うん、何かお友達と一緒で・・・しらないよそんなこと・・・とにかくもうすぐ着くんだな?・・・え?・・・わかった、じゃ、分かるところで待ってるよ・・・うん・・・切るよ・・・(切る)・・・いや、母さん道草食ってたみたいでさ、咲良ともはぐれたらしい。 一郎  え?咲良もいんの? 父   アレ?言ってなかったっけ? 一郎  聞いてねぇよ!何だよ、そういうことは早く言ってくれよー。 父   「咲良もいる」(めちゃくちゃ速い) 南部  うわ!めっちゃ速い、すごいですねオヤジさん。 父   だろ?これでも昔から早口言葉は得意でな、     「キョウキョウキョッキョキョキャキョキュ」(東京特許許可局) 一郎  ノッケから噛んでんじゃねぇか!つーかそういう意味のハヤくじゃねぇよ! 父   別にいいだろう?どうせなら沢山のほうが楽しいだろうし。 一郎  アンタらが楽しいだけだろうが。 父   でな、咲良は自力で来れるだろうけど母さんは一人じゃ来られないだろうからちょっと外まで行って迎えに行ってくるわ。 一郎  ちょっと、話聞けよ、オヤジ!   父、はける 一郎  はぁー、何で咲良も来るんだよ・・・。 南部  あの、一郎さん。ずっと気になっていたんですが、咲良さんて誰です? 一郎  妹だよ。 南部  妹さん?じゃあ別にいいじゃないですか。なんでそんなに嫌がるんです? 一郎  アイツが関わると色々面倒になるんだよ。 南部  妹さんと何かあったんですか? 一郎  ああ、アイツは・・・。   入口と逆から咲良、入ってくる。 咲良  アーニキ。 一・南 うあっ! 一郎  何だよ、いきなり。ちゃんと入口から入って来いよ! 咲良  いや、フツーに登場しても面白くないと思ってさ。 一郎  そういうヒネリはいらねぇんだよ。 南部  大体どうやって入ったんです?ここ二階ですよ? 咲良  いやー、趣味のロッククライミングを活かしてね・・・、て、アンタ誰? 南部  あ、一郎さんの後輩の南部です。 咲良  ふーん、私は妹の咲良、よろしくね。 南部  はい。・・・(一郎に)やっぱり親子ですね。 一郎  ああ。 咲良  何々?何の話? 南部  先程お父さんも同じようにそっちの窓から入ってきたんです。 咲良  げ!オヤジとカブッた!最悪だよ、・・・あれ?で、オヤジは? 一郎  オフクロ迎えに行ったんだよ、誰かさんが置いてきたから。 咲良  え?違うよ、アレはお母さんが悪いんだよ。突然店の前で止まったかと思うと、声もかけずに歩き出して、気がついたらいなくなっていたんだもん。 一郎  まあそれはいいよ、ところでお前は今日何しに来たんだよ。 咲良  オヤジ達が兄貴に会いたいっていうからさ、案内で。 一郎  テメーか、オヤジ達に場所バラシやがったのは。 咲良  いーじゃん、どーせいつかはバレるんだからさ。 一郎  だったら来る前に一言連絡を入れろよ。大体お前、今日仕事じゃないのか? 咲良  休んだんだよ、兄貴のためにさ。 一郎  ・・・オレの・・・ため・・・? 咲良  うん! 南部  いい妹さんじゃないですか。 咲良  でしょでしょー。 一郎  まさかお前・・・。 咲良  何? 一郎  またヘンな策、考えたんじゃないだろうな? 咲良  失礼ね・・・、今度のは完ペキよ。 南部  今度の? 一郎  カンベンしてくれよ。 南部  あの、一郎さん? 一郎  なんだ? 南部  咲良さんは一郎さんの事情知ってるんですか? 一郎  ああ、コイツにだけは真実を教えてある、そしてオレは今なお、そのことを後悔している。 咲良  何よ、いつも助けてやってんじゃん。 一郎  追い詰めてる、の間違いだろ? 咲良  結果的にはね。 南部  ダメじゃないですか。 咲良  でも今回のは本当に完ペキなんだから。 一郎  いつもそういって、やれ薬物中毒者、やれ同性愛者と、オレを変人に仕立て上げようとしてきたじゃねぇか!お前は一体何がしたいんだよ。 咲良  (バッグを漁り)じゃーん、ほらみて、今回は台本付きよ。 南部  台本ですか? 一郎  どれ(受け取る) 咲良  今回の私に死角はないわ!   一郎、ちょっとみて台本放る。 咲良  ちょっと、何すんのよ! 一郎  何が『死角はないわ!』だ。死線さまよわす気マンマンじゃねぇか! 咲良  そんなことないよ。 一郎  ドアタマっからおかしいじゃねぇかよ。神と名乗る老人現る・・・、って誰がやんだよその役。 咲良  もちろん私よ。大丈夫、衣裳は用意してあるからさ。 一郎  無駄に用意周到だな、つうか、いくらオヤジでもそれはさすがに信じねぇよ。 咲良  大丈夫だって、やらずに後悔するよりやって後悔、でしょ?奥の部屋借りるね。(奥の部屋にハケる) 一郎  お、おい! 咲良  (顔出して)覗くなよ! 一郎  覗かねぇよ!(南部に)おい。   南部、いつの間にか台本を拾って読んでいる。 南部  はは、結構よく出来ていますね、コレ。 一郎  いいから、この本棚、そっち側持ってくれ。 南部  コレ・・・ですか?はい。 一郎  せーの(持つ)・・・じゃあまずコッチ・・・、もうちょいこっち・・・、ああ、来すぎ来すぎ・・・、よし、OK。   奥の部屋の入口に本棚を置く。 南部  ・・・あの・・・一郎さん? 一郎  ん?どうした? 南部  これ、咲良さん出て来れないですよね? 一郎  うん、出さねぇつもりだもん。 南部  ええ? 一郎  そんなふざけたネタ、やらせるわけにはいかないだろう? 南部  でもコレ結構面白い出来ですよ。 一郎  あのなぁ、お遊戯会やろうってんじゃないんだよ、面白かろうがダメなもんはダメ。 南部  ・・・いいと思うんだけどなぁ。   父母部屋に入ってくる。 父   おーい、戻ったぞー。 母   あらー、一郎さん久しぶり。全くロクに連絡よこさないんだから。ちゃんと食べてる?健康には気を遣いなさいね?それに睡眠時間、最近の若者は生活が不規則だって言うじゃない?あ、でも一郎さんは若者っていう年齢じゃないわね。でも本当に久しぶりね、最後に会ったのっていつだったかしら、最近は物覚えが悪くてね、年なのかしらね。昔はそんなことなかったのに。昔といえば一郎さん、あなたの小学生の頃のアルバムに・・・。 一郎  ちょ、ちょっと待って! 母   なぁに? 一郎  いつ終わるんだ?その話。 母   あらやだ、私ったら一人でしゃべってた?もう一郎さんに会うのが嬉しくてウカれちゃったのね、もうやだ恥ずかしい。あ、そうそう、恥ずかしいといったらね、今日お父さんたら・・・。 一郎  いやいや、その話は後で聞くから、とりあえず上がって、座って。 母   アラ、私ったらまた・・・。 父   母さんもお前に話したいことがいっぱいあるんだよ。それより咲良来てないか? 一郎  さ、咲良?き、来てないよ。な? 南部  え、さっき・・・。   一郎、南部を叩く 一郎  来てないよな! 南部  ええ、来てません。窓からなんて入ってきてませんよ。 父   おかしいなぁ、先に着いているもんだと思っていたんだが・・・、(本棚に気付き)ん?少しいない間に模様替えか? 一郎  ああ、いや、ちょっとね。 父   といったって、こんな所に本棚を置くヤツがあるか。これじゃ向こうの部屋と行き来できないだろう? 一郎  い、いや、違うんだ・・・、その・・・、ゴキブリが・・・。 母   ゴキブリ? 一郎  そうそう、ゴキブリが出て、手ごろなモノがなかったから、その本棚で、ヨイショってね。 南部  (小声で)一郎さん、さすがにソレは無理があるんじゃ? 一郎  し、仕方ないだろう、思わず口をついて出てしまったんだから。 父   そうか、そいつは大変だったな。 一・南 信じた!? 父   でもこのままだと邪魔だろ?父さん手伝うから戻そう。 一郎  いいよ、後でやるから。 父   ここにあると風通しだって悪いだろう?ただでさえ暑い部屋なんだから風通しぐらいよくしないとたまらん。母さんも手伝ってくれ。(南部に)おい、君も。 母   はい。 南部  どうするんです?一郎さん・・・。 一郎  仕方ない…なるようになるさ…。   四人で本棚を動かす。   直後、一郎と南部、すばやく戻り、隣の部屋を見る。 南部  あれ? 一郎  い、いねぇ? 父   何だ?ゴキブリいなくなったのか? 南部  あ!一郎さん!(ソデの奥を指差す) 一郎  あ、窓から出て行きやがったのか! 母   よかったじゃない、ゴキブリいなくなって。 南部  大丈夫ですかねぇ。 一郎  野放しにしておくことは危険だが、今はどうしようもないだろう。 父   別に危険じゃないだろう。たかがゴキブリだぞ。 一郎  まったく、ゴキブリ並みの行動力だな。 父   つーかゴキブリそのものだろ? 一郎  ん?なんだオヤジ、いたのか? 父   いたよ!ずっと。帰ってないだろうが!それよりお前ら何の話をしているんだ?ゴキブリの話じゃないのか? 南部  あ・・・。 一郎  う、うん。ゴキブリだよ、決まっているじゃないか。私たちの会話のどこにゴキブリではない要素があったというのかね? 父   ゴキブリ並みの行動力とか。 一郎  そりゃゴキブリだもん、ゴキブリ並みの行動力だよ。 南部  そそそ、そうですよ。ゴキブリ以上でも、ゴキブリ以下でもゴキブリではなくなってしまいますからね。 母   他にも、野放しが危険とか・・・。 一郎  我が家で育ったゴキブリが他の家に入って繁殖し、さらに多くの家に伝播し繁殖する。やがて日本中の家という家すべてにゴキブリが巣食い、繁殖し、埋め尽くされる。あの逃げた一匹が、ともすると日本という国を崩壊させるキッカケになるかもしれない。そう考えると、あのゴキブリを逃がしてしまったことが非常に危険である、と、そういう風には思えませんか? 母   そういうものかしら? 一郎  そういうもんなの。ところで二人そろってウチにくるなんて何の用だったんだよ。 父   何言ってんだ。大学卒業以来、帰ってくるどころか大した連絡もよこしゃしない。だからこうして会いに来たんだろうが。 南部  大学卒業以来って、どんだけ帰ってないんですか? 一郎  色々忙しいんだよ、オレだって。 母   でも、どんなに忙しくたってお正月くらいは帰ってこれるでしょう? 一郎  んー、難しいなぁ・・・。暇な日もあるけど、オレの場合、基本的に年末年始とか、普通の人が休むような時の方が忙しいんだよ。 父   そうか・・・、特殊な仕事だからな。 母   大変ね、舞台の役者さんて。 一郎  ま、まぁな。ははは・・・。 南部  一郎さん、一郎さん! 一郎  何だよ。 南部  役者ってことは伝えてあるんですね? 一郎  そうだよ。最低限、それだけは伝えてある。 父   それにしても忙しいという割にはテレビでは見かけないじゃないか。 一郎  え? 父   最近の役者ってのは、人気が出てくるとテレビにも出てくるものなんじゃないのか?西村雅彦とか、上川隆也とか。 母   荒川良々とか阿部サダヲとかね。 南部  よく知ってますね。 一郎  いや、待て。オヤジ達ってそんなに舞台詳しかったっけ? 母   ちょっと、ね。 父   一年ぐらい前にな、父さんと母さんの共通の知り合いに誘われてな。それからよく観るようになったんだ。とはいってもたまに時間が出来たら観にいく程度だけどな。 母   父さんたら、こう見えて結構ハマるタイプなのよ。この前だって色々と調べててね、今度いちろ・・・。 父   わ!だめだよ母さん。 母   アラ、私ったらつい・・・。 一郎  何だよ気になるリアクションしやがって。 南部  もしかして、今度一郎さんの舞台を観に来るとか?(冗談で) 3人  え? 南部  (父母みて)え? 一郎  (父母みて)え?   沈黙 一郎  ・・・マジで? 父   バレちゃったか・・・、サプライズのつもりだったのにな。君、何で分かったんだ? 南部  いや、僕は冗談のつもりで・・・。 父   そうか・・・、母さんが悪いんだぞ、口を滑らすから。 母   ごめんなさい、どうしても黙っていられなくて・・・。 父   まぁ仕方ないさ。それにしても今は便利だよな、インターネットでチケットが取れるんだから。 一・南 え? 母   ほんと、便利ねぇ、私はインターネット使えないんだけど。   父母、インターネットの話をする。   一郎と南部、部屋の隅に移動。 一郎  なぁ、うちの劇団て、インターネット予約なんかやっていたか? 南部  いえ、もっぱら口コミです。 母   どうしたの? 一郎  ん?いや、別に・・・、あのさ、その芝居ってさ、いつやんのかなー、と思って。 父   何言ってんだ、自分達の芝居だろうが? 一郎  いやいや、そうじゃなくて、その・・・、オヤジ達・・・、そう!オヤジ達! 父   俺たちがどうしたんだ? 一郎  だから、オヤジ達が来る日はいつなのかなー、って思ってさ。 母   あら、それだけはだめよ。いきなり行って驚かせるんだから。 父   そうだよ、せめてそのサプライズぐらいは残しておかないとな。 一郎  う・・・。 南部  で、でも、もう来ること分かっちゃったんだし、いつお2人が来るのか分からないと一郎さん、気になって稽古に身が入らないんじゃないかなー、ね?一郎さん。 一郎  あ、ああ、そうだよそうだよ。あー気になる、気になって夜も眠れなくなった、あー困ったなぁ・・・。 母   まったく・・・、しょうがないわね・・・(バッグからチラシとチケットを出す)んーと、9月20日よ。 父   あ!母さん! 母   だってしょうがないじゃない、気になって眠れないなんて言われたら教えるしかないじゃない。 父   まったく、母さんはお人よしだな。 一郎  ちょ、ちょっと失礼(チラシとる)   父母、チラシ取られたことは気にせず会話   一郎、南部、チラシをみて驚く 南部  い、一郎さんコレ! 一郎  今人気の劇団ロディの舞台じゃないか。よく取れたなこのチケット。 南部  というより何でこの舞台に出ると勘違いしたんでしょうか? 一郎  それは・・・(示し)こいつが原因だろうな・・・。 南部  ん?「北 条一郎(キタ ジョウイチロウ)」? 一郎  この「条」までが苗字だとすると? 南部  ホウジョウ・・・イチロウ?一郎さんじゃないですか? 一郎  普通は間違えないけどな。明らかに「北」と「条」の間に一文字分のスペースあるもんな。 南部  一郎さん・・・、さすがにコレはまずいんじゃないですか? 一郎  当たり前だよ、観にきたら一発で間違いって気付かれるからな。オイ!オヤジ!オフクロ!これはな・・・。   そこに神の衣裳をまとった咲良が入ってくる。 咲良  はいはい、失礼しますよぉー。 一郎  何だテメーは・・・、あ、サク(ラ)・・・(口ふさがれる) 咲良  (一郎を引き寄せ)いいから話合わせて(一郎を放り)神様だよぉー。 父   ああ、これはこれは、いつも一郎がお世話になっております。 南部  ずいぶん気さくな神様ですね。 一郎  それ以前にオヤジは疑うということを知らんのか? 父   ほら一郎、そんなところに突っ立ってないで。 母   そうよ、神様が来たんだから。 一郎  何言ってんだ!こんなもん神様のわけねぇだろ! 父   お前こそ何言ってんだ、よく見てみろ。白い衣裳に白いひげ、頭にわっかがあるし、額には星のマーク。どっからどーみても神様じゃないか。 一郎  どっからどーみても変態だろうが!相手の言うこと何でもかんでも鵜呑みにするんじゃねぇ! 父   え?本当は神様じゃないの? 咲良  本当に神様だよ。 父   そうだよねぇ、一郎、本当に神様だって。 一郎  当事者同士が話し合ったって埒あかねぇだろ! 咲良  ・・・一郎クン。 一郎  何だよ! 父   さすがは神様だ、名乗ってもいないのに一郎の名前が分かるとは。 一郎  オヤジがさっきから何度も呼んでいたじゃねぇか!つーかそれ以前の問題なんだが・・・、あーもうめんどくせー。 咲良  いきなり出てきて信じられない気持ちはよく分かります。だから今からてじ…ゲフフン…、神の奇跡をお見せしましょう。 一郎  「てじ」って何だよ、何を言いかけたんだよ。 咲良  え?何のこと?神様分かんなーい。 一郎  とりあえずお前はキャラを固定しろ。 母   てじ…って、あ!もしかしてあの、「きてます、きてます」ってやつじゃないかしら? 父   おお!あの超魔術的な? 南部  あれ?何でしたっけ?て…、て…、てじ…から…? 一郎  ハンドパワーだろ!ただでさえ一世代前のネタなのにまわりくどく説明すんなよ。 ―BGM「LEGS」(アート・オブ・ノイズ) 咲良  ハンドパワーで時空を捉えるサプライズ!ナーウッ! 一郎  ごっちゃにしすぎだよ!元ネタ分からねぇじゃんか! 咲良  じゃあね、今取り出したこの縦じまのハンカチ、これを丸めて広げると、なんと横じまに! 3人  おおー! ―3人、ハンカチを受け取り、タネがないか、話し合いながら色々確認する 一郎  驚くところじゃねぇだろ!イリュージョニストのセリフ散々パクって、やることマギー司郎ってどういうことだよ! 咲良  コレコレ(一郎引っ張り)ちょっと、いい加減話し合わせてってば、悪いようにはしないからさ。 一郎  悪くなるイメージしか湧かねぇんだよ! 咲良  ここでバレたほうが状況悪化するって。 一郎  完全にお前のせいだけどな。 咲良  いいから。   元の位置に戻る二人 咲良  …さて、今ので私が神様であると分かっていただけたと思いますが…。 一郎  え?神の奇跡って今ので終わり? 父   すごい奇跡だったよなぁ…。 南部  何しろ縦じまが横じまですからね。 母   あんなのテレビでしか観たことなかったわ。 一郎  テレビで観てる時点で奇跡ではないとなぜ気付かない。 咲良  ちょっ…(表情で「だから合わせて」的なことを伝える) 一郎  ちっ!…分かったよ…(渋々)分かりました神様、で、今日は何の用があったのですか、神様。 咲良  一郎クン、今日は君の望みを叶えに来たのですよ。 一郎  …何で? 咲良  何でって・・・、(コホン)・・・何となく。 一郎  偉そうに言うな!ちゃんと考えとけよ! 咲良  ヘンなアドリブ入れないでよ。・・・(コホン)君の望みは何かな? 一郎  一刻も早くアンタらがこの場からいなくなることだ。 咲良  そうかー、芝居の悩みかー。 一郎  言ってねぇよ!一言も! 父   なんだ一郎、何か悩みがあるのか? 一郎  悩んでなんかねぇよ! 母   だめよ一郎さん、自分ひとりで抱え込むのはよくないわ。 父   そうだぞ、やがて抱えきれなくなって薬に頼るようになったらオシマイだぞ。 南部  一郎さん、人間やめないで下さい! 一郎  何だおまえまで一緒になって。 南部  だって神様が・・・。 一郎  神様じゃねぇよ!咲良だろうがソイツはよ。 南父母 え? 一郎  あ・・・。   沈黙 父   ははは、何だそりゃ。咲良は女だぞ、白ヒゲなんか生やしているわけがない。 母   そうですよ、ねぇ。 咲良  ふふふ・・・、ばれてしまっては仕方がない。   べりべりと変装のマスクをはがすかのような動きでヅラとヒゲをとる。 南父母 あー! 一郎  (南部)オメーも気付いてなかったんかい! 南部  だっていかにも神様な格好していたから・・・。 父   ナーウッ! 母   サプラーイズ! 一郎  イリュージョンのクダリはもう終わってんだよ! 父   え?何々?全然分かんない。ヒゲの神様の中から咲良出てきて、でも咲良女の子だし、そもそも私たちの娘だし…。 母   でも私たち神様じゃ…、あら?…私たちも神様でしたっけ? 父   あれ?そう…だったっけ…? 一郎  んなわけねぇだろ!一旦落ち着け。 父   でも…ホラ…。 一郎  だから…(ヒゲとヅラ持って)これを(咲良につける)こう、からの(はずす)こう。こう、からのこう。(何回かやる) 父   お、おおー! 母   咲良さんの変装だったということね? 一郎  そうだよ!…何だこの無駄な労力…。 父   なるほどなぁ…ん?…おい、一郎、これは一体どういうことなんだ? 一郎  どうもこうもねぇよ、咲良が勝手にやって、オヤジ達が勝手に勘違いしただけだろう?オレは関係ない。 母   咲良さん、これはどういうことなの? 咲良  いやさぁ、兄貴が本当のこと言えなくて悩んでいるっぽかったからさ。 一郎  悩んでなんかいねぇよ、余計なことすんな! 父   本当のこと?なんだ本当のことって? 一郎  ・・・それは・・・。 咲良  劇団のこと。本当は売れない劇団の売れない役者なんだよ、兄貴。 一郎  お前! 母   そんなことないわ、だってホラ(チラシだす)こんな立派なチラシ作っているのよ。 咲良  それ、兄貴出てないよ。 一郎  ・・・。 母   え? 父   でもここに名前が・・・。 一郎  それはオレじゃない・・・。 父母  え? 南部  一郎さん! 一郎  南部、巻き込んじまって悪かったな、俺、もう本当のこと言うわ。咲良、お前ももういいよ、向こうで着替えて来い。 父   どういうことなんだ? 一郎  オヤジ達のもっているチラシはオレ達の劇団のものじゃない、主演の男もオレじゃない。 母   でもここに一郎さんの名前・・・。 南部  お母さん、よく見てください。その名前はキタ ジョウイチロウです。 母   え? 父   じゃ、今のこの生活は・・・。 一郎  ああ、役作りなんかじゃないさ、リアルな今のオレの生活だ。 南部  でもこれには・・・。 一郎  南部! 父   ・・・こんなことでお前・・・、将来どうするつもりなんだ? 一郎  別にどうもしない、役者として大成するのが夢だし、そのための努力はしているつもりさ。だからそれが叶わなかった時のことなんて考えてないさ。 父   甘ったれるんじゃない! 一郎  甘えてなんかいないだろう?俺は俺で誰にも迷惑かけずに生きているじゃないか?自分の夢を追いかけているだけじゃないか! 母   でも、いつまでもこんな生活していられないでしょう? 一郎  いつまでもこんな生活を続けるつもりはないよ、その為に努力しているんだから。 父   それが甘いと言っているんだ。もう三十過ぎて、世間の人間はそれなりの立場になっているだろう?家庭を持っている者だって多いはずだ。それなのにお前は未だに職なしで、夢ばかりみて・・・。 一郎  俺の人生じゃないか、俺の好きにさせろよ! 父   確かにお前の人生だ。文句を言うつもりはない、だがな現実をよく見てみろ。いまだに人気のない劇団で役者をやっているお前が、今更売れる見込みなんてあるのか? 母   お父さんの言う通りよ。もう大人なんだから一郎さんの好きにしていいと思うの、だけどね、やっぱり普通に生活する道も頭に入れておいたほうがいいんじゃない? 一郎  ああ、もうウルサイウルサイ!出てけ!さっさと出て行け! 南部  一郎さん。 一郎  何なんだよ!俺は自由なんか?それとも拘束されてんのか?どっちなんだよ! 父   何!? 一郎  昔からそうなんだよ、アンタらは。なんでも自由に決めていいように言いながら、結局自分たちの言いなりにさせる。 父   いつそんなことをした。 一郎  中学時代、部活を決める時だってそうだったじゃないか。俺が文化系の部活に入ろうとしたら、内申書がどうのこうの言って、運動部に変えさせられた。運動部になんか、やりたいこと何もなかったのに。それに大学進学の時だってそうだよ。芝居の専門学校に行きたいといったら、そんなものはいつでもいける、とりあえず大学に行け、と大学に行かされたじゃないか! 母   でも、それは一郎さんの将来を考えてのことじゃない。 一郎  だったら最初から自由だなんていわなければいいだろ!自由といわれながらことごとく意見をつぶされてきた人間の気持ちが分かるか? 父   だから今まで連絡をよこさなかったとでも言いたいのか? 一郎  そうだよ!あんたらに連絡したら何だかんだでどうせまた言いくるめられるんだ。だったら連絡なんかしないほうがいい。 父   ふざけるな、誰のおかげで大人になれたと思っている。 一郎  そんなことは分かっている、だから学生時代は文句も言わずに言いなりになってきていたんだよ。でも今は世話になっていないだろう?オレは自分の力で生活しているんだ。だからオレの生活に口出ししないでくれ! 母   そうは言っても心配なのよ、何だかんだ言っても私たちはあなたの親なんだから・・・。 父   そうだ、ヘンな事件に巻き込まれたり、それこそ事件を起こしてからでは遅いんだ。 一郎  事件? 南部  そんな・・・、一郎さんに限って事件を起こすなんて、ありえませんよ。 父   私だってそう思っているさ、だけどな、最近の事件を見ると一見真面目な連中が犯罪を起こしているというじゃないか。そしてそういった連中のほとんどがまともな仕事についていなかったり、将来に不安のあるような仕事をしている。そう考えると一郎だって事件を起こす側に回らないとは言い切れないんだよ。 南部  ・・・。 一郎  そうやって・・・。 父   ん? 一郎  そうやって、相手のことを知ろうとしないで決め付けてばかりだから子供は息苦しくなって犯罪に走るんじゃないのか?世間はインターネットが悪いとか、ゲームが悪いとか、安易に悪者を決め付けているけれど、本当に悪いのはアンタら親だろうがよ! 父   何だと! 一郎  今の社会を作ったのだってアンタらだし、犯罪に走る子供の親だってアンタらの世代だろう?だったら悪いのはアンタらだって言ってんだよ!   母、一郎を叩く 母   謝りなさい!私たちがどれだけ苦労してあなた達を育ててきたのか、それが分からないの? 一郎  だからよ、そうやって自分たちのことばかり押し付けるから子供は息苦しくて仕方がないんだよ!何で俺たちの話を聞こうとしないんだ! 母   聞かなくてもわかるの、親だから。あなた達より長く生きている分、危険なことも分かるのよ。 一郎  そんなものは思い上がりだ!だったらどうして老人達は振り込めサギなんかにひっかかるんだよ。長く生きているだけじゃわからないことだってあるからだろう? 母   ・・・。 一郎  とにかく俺の生活は俺のもんだ、誰の世話にもなっていないし誰にも迷惑かけていないだろう?とやかく言うつもりなら出て行ってくれ。   間、そして出て行こうとする父。 母   お父さん! 父   行くぞ、母さん。今のコイツには何言ってもムダだ。(去る) 母   お父さん、お父さん・・・。(追う) 一郎  ・・・。 南部  一郎さん。 一郎  ・・・。 南部  ダメですよ、一郎さん、こんなの。ちゃんと仲直りしなきゃ。 一郎  ・・・。 南部  さ、行きましょう、一郎さん。   一郎の腕を引く南部、だが振り払う一郎 一郎  うるさいんだよ!関係ないだろうお前には!ウチの家族がどうなろうと。 南部  本気で心配してくれているんですよ、一郎さんのこと。イヤなことがあったら言えばいいじゃないですか。分かり合えない部分があるのなら話し合えばいいじゃないですか、お互い納得するまで。ケンカ別れなんて絶対ダメですよ! 一郎  さっきも言っただろ!結局アイツらは自分の意見を押し付けるだけなんだよ。話し合いなんてムダだ! 南部  そうやって今までも諦めてきたんでしょ? 一郎  …。 南部  お父さんお母さんが意見を押したんじゃない、一郎さんが諦めていただけなんじゃないですか?だからご両親は納得したと思っていたんじゃないですか? 一郎  …。 南部  一郎さん! 一郎  アイツらが反対するから…諦めるしかないじゃんよ…。 南部  そりゃ一度は反対しますよ。親なんだから、中途半端な気持ちじゃないかどうか試すんじゃないですか? 一郎  …。 南部  僕、呼んできますね、ご両親! 一郎  おい! 南部  本気で心配してくれる親、本気の親子ゲンカ、うらやましいです…、僕には…、居ないから…。 一郎  え? 南部  じゃ、行ってきます。 一郎  お、おい!   南部去る。   一人残される一郎。   と、部屋の奥から、 咲良  いい男じゃない? 一郎  …いつから聞いてたんだよ。 咲良  ずっと聞こえてたわよ、奥の部屋にいたんだから。それにしてもずいぶんハデにケンカしてたねー。兄貴のあんな姿、高校の時以来だよ。 一郎  ん?そうだっけ?? 咲良  やだ、覚えてないの?私が進路決めるときにさ、専門学校行きたいって言ったら案の定、反対されて、その時兄貴がキレてさ…。 一郎  そんなことあったかなぁ…。 咲良  本当に忘れちゃったの?信じらんない。兄貴さ、その時、     『将来の夢が固まってんだからムダに大学行ったってしゃあないだろ!親の都合で子供の未来、ヘシ折るな!つまらない将来に責任持てるのか!』ってすごい剣幕でさ。 一郎  ああ!お前が高校二年の正月な!あの時は少し酔ってたからなぁ…。 咲良  私、嬉しかったんだ、兄貴が後押ししてくれて…。親にも学校の先生にも反対されていたのに、兄貴だけは応援してくれている。すごく身近に分かってくれている人がいるんだって。 一郎  そんなんじゃねぇよ。ただお前を、俺と同じ目に遭わせたくなかっただけだ。…いや、それも違うな…単純に自分の中でくすぶっていた親への不満をぶつけただけかもな。 咲良  でも、そのおかげで私は美容師になって自分の店を構えられるようになったんだよ。 一郎  お前に才能があって、見合うだけの努力をしたからだよ。俺は関係ない。 咲良  そんなことない! 一郎  俺だって自分のやりたいこと、役者への道をずっと目指し続けている。努力だってしているつもりだ。だが現実は小さな劇団の役者どまり、バイトを掛け持ってもこんな貧乏暮らしで精一杯だ。だから余計に悔しいんだよ。親に反発までして自分の道を進んだのに、親の言うようにまともな生活もできやしない。才能のない自分が悔しくてたまらないんだ。 咲良  そんなことないよ…、だって兄貴が高校のときの芝居観て、私感動したもん。一緒に来ていた友達だって褒めてた。今でも覚えてるよ、あの芝居。 一郎  『老人と少女』か…。 咲良  うん、あの時、絶対兄貴は役者になるんだって思ったもの。 一郎  …あの時が絶頂期だったのかもなぁ…。 咲良  そんな…。 一郎  オヤジたちの言うとおり、普通の生活に変えたほうがいいのかもな、俺の場合…。田舎に戻ってさ…。 父(声)そうやってまた諦めて、挙句また私たちのせいにするつもりか?   父、母、そして南部、入ってくる。 一郎  オヤジ…。 父   やりかけたことを投げ出してくるようなヤツに与える部屋など私の家にはないぞ。 一郎  だけど…。 母   だけど、何?一郎さんにとってお芝居はやっぱりお遊びだったってこと? 一郎  遊びなんかじゃない! 咲良  ニブイなぁ、兄貴は…。 一郎  何だよ! 咲良  続けていいって言ってんの、二人とも。 一郎  は? 南部  劇団ですよ、一郎さん。 一郎  え?だって…。 父   お前を信用していないワケじゃない。だが目の届かないところで生活して、フタを開けてみればこんな貧乏生活、親なら誰だって心配になるだろう?…だが、彼の話を聞いて、な。 母   一郎さん、団員の世話してるんでしょう? 一郎  (南部に)お前! 南部  ごめんなさい! 母   いいじゃない、悪いことしてるんじゃないんだから。 一郎  ウチの劇団は学生が多くてさ、劇団と学業を両立させようとするとバイトで稼げないんだよ。かといって劇団をおろそかにされても困るし、もちろん学校を犠牲にするなんてもってのほかだ。 咲良  それで兄貴が世話してるってわけ? 一郎  いつもってわけじゃない。公演の間の食事だけだ。世話ってほどのもんでもないだろ。 母   それでも、なかなかできることではないわ。 父   しかしそれじゃお前だって芝居に集中できないんじゃないか? 一郎  それは…。 父   …そうだな…、三年間。 一郎  え? 父   三年間、父さんが支援してやる。だからその間芝居に集中しろ。それでも結果が出なければ帰って来い。 一郎  オヤジ…。 咲良  やったじゃん、兄貴。 南部  よかったですね、一郎さん。 一郎  オヤジ、オフクロ。 父   何だ、改まって。 母   お礼ならいいのよ。 一郎  いや、せっかくだけどその話、断るよ。 一同  え!? 咲良  なんでよ、兄貴、いい話じゃない! 南部  そうですよ、冷暖房のない生活からもこれでサヨナラできるんですよ。 一郎  いや、今の生活から抜けられるんなら正直嬉しいさ。だけどな、今度はそれに甘えちまうんじゃないかと思うんだ。 母   どういうこと? 一郎  俺一人の力でやってみたいんだよ。誰の力も借りないで。 父   意地になることはないぞ!意地張って目標達成できなきゃ意味ないだろ? 一郎  意地じゃない…、決意だ! 咲良  決意? 一郎  今の生活も自分で決めたことだ。これが原因で夢が叶わなくても泣き言を言うつもりはない。 咲良  でも…。 一郎  だからといってダラダラ続けるつもりもない。オヤジの言うとおり三年で届かなければ諦める。 父   そうか…。 母   お父さん。 父   お前が決めたならそれでいい。がんばれよ。 一郎  ああ。 父   …さて、母さん、長居しすぎたな。 母   あら、もうこんな時間。そうね、早く帰らないと。 一郎  何だよ、一日ぐらい泊まっていけよ。…何もないけど。 父   忙しくてな、そうも言ってられないんだよ。 母   あなたもたまには帰ってらっしゃいな。 一郎  ああ、時間ができたらな。 咲良  その時は私の店にも来てよね、サービスするからさ。 一郎  ああ、よろしく頼むよ。 父   じゃあな。 母   体に気をつけてね。 咲良  バイバイ。   三人去る。 南部  いい家族ですね。 一郎  別に。普通だよ…、そういえばお前。 南部  はい。 一郎  オヤジたち呼びに行くとき、何か言ってたよな。僕にはいない、とか。 南部  え?そんなこと言いましたっけ? 一郎  ごまかすな。 南部  …。 一郎  …。 南部  実は…、僕、小さいころ施設で育ったんです。 一郎  え? 南部  本当の家族知らないんです。だから一郎さんの家族とのやりとりがうらやましかったんですよ。 一郎  そうか…、すまなかったな。 南部  いえ…。   南部の携帯が鳴る。 南部  あ、すいません。(携帯に出る)…あ、もしもし、母さん?…うん、…あ、中学のときのユウ君ね…。え、違うよ、そっちは小学校のときのユウ君だよ。…うん、じゃ、あとでこっちからかけ直しておくよ。それじゃ。(切る) 一郎  …オイ! 南部  なんです? 一郎  誰だ?今のは? 南部  母さんです。…はっ! 一郎  お前さっき本当の家族は知らないとか言ってたよなぁ! 南部  いや、あの、落ち着いてください。 一郎  安心しろ!俺は冷静だ! 南部  「かあさん」と言っても、一郎さんの考えている「かあさん」とは違う、…かもしれませんよ? 一郎  ほほぅ、お前の知り合いにも河村さんが居たとはな…。 南部  え、ええ、偶然ですね、ははは…。 一郎  ははは(目が笑ってない)。 南部  ははは…、ごめんなさい!(逃げる) 一郎  待ちやがれ!!(追う) ステージ奥の部屋空間で追いかけっこする二人(途中で奥の部屋へハケ) ステージ前方(別空間)に父、母、咲良の順で登場 母、登場の後、携帯を切る 咲良  ね、誰にかけたの? 母   ふふふ、内緒。 咲良  あやしいなぁ…、お父さん、お母さん不倫じゃないの? 父   バカ言え。まぁ、人助けみたいなもんだ。な。 母   ええ。 父、母、笑いあう。 咲良  変なの。   笑う家族三人 ステージ奥、二人戻ってくるが、一郎バテている。 一郎  …ちょ、ちょっと…タンマ… 南部  あれ?一郎さん、もうバテました?さては基礎トレ、さぼってんじゃないですか? 一郎  うるせーよ!この暑さのせいだよ。 南部  じゃあひとつ、涼みに行きますか?(手を差し出す) 一郎  映画館にか? 南部  ええ、予告編を観に。 一郎、笑顔で手をとり立ち上がる。 ステージ手前の家族、雑談を終え歩き始める。 それぞれ仲良くハケて (ー幕ー)