「ゴーストロジャー」 作:伊佐場武 登場人物 星野家 父: 母: エミ: リョウ: 他 マチコ: アラタカ: マチコの母: ー星野家のLDKの部屋 ーテーブルには既に何品かの料理が出来上がっている ーそこに更に追加の料理を持って奥の部屋(台所)からくる母とエミ エミ  (持ってきた料理を置いて)よいしょ、っと。お母さん、大丈夫? 母   うん。…っと、それ、もうちょっと端に置いて…、真ん中、もう少し空けて。 ーエミ、いい感じにテーブル中央にスペースを作る エミ  はい、空けたよー。 母   よいしょっと、…ふう、ありがとう。 エミ  (テーブルを見回して)それにしても作ったねー、これで全部だよね? 母   うん、あとはリョウに買いに行ってもらってるケーキがきたら揃うわ。 エミ  いくらお祝いっていっても、作りすぎなんじゃないの? 母   そんなことないわよ、だって今日はお父さんの、ちょうど四十九歳になる誕生日なんですから。 エミ  四十九歳を「ちょうど」とは言わなくない? 母   そうじゃなくて、四十九歳になるちょうどの日。 エミ  …いや、それを誕生日って言うんでしょうよ! 母   ふふふ、まぁいいじゃないの。 エミ  でも、四十九歳かぁ〜、父さんもすっかりおじさんだよねー。 母   アラ、そんなことないのよ。お父さん、アレで結構若いところあるんだから。 エミ  え?どんなとこ?? 母   そうね、例えば…、一緒にお買い物行くじゃない?そうするとオマケつきのお菓子を持ってずっとこっち見てて、「いいよ、買っても」っていうと嬉しそうに「うん。」って言ってカゴに入れてくるところとか? エミ  うん…、ん?え、父さんの話だよね?? 母   そうだけど? エミ  リョウの子供の頃の話じゃないよね? 母   だからお父さんの話よ。まだまだ若いでしょ? エミ  いや、若いっていうか、ガキの行動だよねそれ。 母   ふふふ、まぁいいじゃないの。 エミ  う、うん、まぁ、お母さんがそれでいいなら別にいいけどね。 母   そんなことより、さっさと準備終わらせちゃいましょ。 エミ  あ、そうだった。ちゃっちゃとやっちゃおう。 ー奥の部屋(台所)に戻ろうとする二人、 ーそこにリョウがケーキを持って登場 リョウ ただいまー。 エミ  あ、お帰りー。 母   お帰り、遅かったじゃない。 リョウ いや、さすがに十二月は道が混むねー、大通りの交差点のトコから全っ然動かないんだもん。 母   そう、道が混んでたのなら仕方ないわね。 エミ  え?ちょっと待って、…アンタどこ行って来たのよ? リョウ どこって、(ケーキ示して)見ての通りケーキ屋だけど? エミ  いつものとこよね? リョウ うん。 エミ  ウチの向かいの。 リョウ うん、ウチの向かいの。 エミ  じゃ、何で大通りまで行ったのよ。 リョウ だからケーキ屋に行くためだよ。 エミ  ウチの向かいの? リョウ うん、ウチの向かいの。 エミ  えーっと、あれ?他に何か用事あったっけ? リョウ え?ないよ、ケーキ取りに行っただけだし。 エミ  そうよね?…大通りって、あそこよね?商店街のある…。 リョウ そうだよ、大通りなんてあそこしかないじゃんか。 エミ  ケーキ屋とは反対方向よね? リョウ うん。 エミ  他に用事はなかったのよね? リョウ うん。 エミ  じゃ、何で大通りまで行ったのよ。 リョウ だからケーキ屋に行くためだって。 エミ  ウチの向かいの? リョウ ウチの向かいの! エミ  …はっは〜ん…。 リョウ ?何だよ姉ちゃん、遂にボケが始まったのか? エミ  ボケは…、テメーだこのヤロー!(襲い掛かる) リョウ うわー!いきなり何だよ!!(逃げる) エミ  ウチの向かいにあるケーキ屋行くのに何で大通りまで行ってんだよ!他に用事もないクセに!しかも道が混んでたとか言い訳までしやがって!! リョウ 待って、ちょっと待って!道が、道が混んでたのは本当だから、本当に道混んでたから! 母   そう、道が混んでたのなら仕方ないわね。 エミ  テメーは自転車しか乗れねーじゃねーか!渋滞カンケーねーじゃねーか!! リョウ いや、あの、自転車の道も混んでて…、ホント、あの、マジで混んでて・・・。(捕まる)ひぃっ!! エミ  私とお母さんが準備している間、テメーひとりサボってやがったんだな? リョウ 待って、待って!ひとまず待って、ケーキが崩れる、ケーキ崩れちゃうから! エミ  崩れるのはテメー顔面のほうだ!! ーリョウが殴られる直前で母が止めに入る 母   はい、そこまで。 エミ  お母さん。 母   間に合ったんだし、まぁいいじゃないの。 エミ  でも…。 母   ここで争ってたら、それこそ準備、間に合わなくなっちゃうわよ? エミ  …ちっ!運のいいヤツめ! リョウ ふー、助かったー…、お!カラアゲじゃん、いただき(つまみぐい) エミ  あ、コラ! 母   こら、リョウ。ちゃんと手を洗ってからにしなさい! エミ  え、そっち?? リョウ はーい。じゃ、ケーキも向こうに置いとくねー。 ーリョウ、奥の部屋に去る。 エミ  まったく、お母さんはリョウに甘いんだから…。 母   仕方ないじゃない、リョウはまだ小さいんだから。 エミ  小さいって、アイツもう二十歳過ぎてんだよ? 母   いくつになっても、子供は子供よ。 エミ  それ、使いどころ間違ってるからね。 母   まぁいいじゃないの、それより準備準備…。 エミ  お母さんがそんなだから、ウチの男どもは…。 ー母、エミ、話しながら去る。 ー少し間 ー父、とマチコ登場 ーマチコの腰のあたりからオビのようなものが出て、父の首のまわりに、ゆるくまとわりついている。 父   ただいまー。いやー今日も疲れたよ、なんだか肩が凝って肩が凝って…(料理に気付く)…ん? ーそこに食器を運ぶ母とエミ登場 エミ  あ、父さんだ。お帰りー。 父   ただいまー。 母   あらあら、もうお帰りでした?お疲れ様です。 父   ああ、ただいま。それより今日はやけに豪勢だな、誰かの誕生日か? エミ  何言ってんの?父さんの誕生日じゃない。 父   え?あれ??…今日って何月何日だっけ? 母   12月22日ですよ。 父   あー、俺の誕生日じゃーん。 エミ  だからそうだって言ってんじゃん!! 父   この時期は忙しくてなぁ…、つい忘れちゃうんだよな。 母   はいはい、ではお荷物預かりますね…、アラ? 父   ?どうした?? 母   あらー、すいません気がつかなくて。お父さん、ちゃんとおっしゃってくださいよ、お客様お連れしているのなら…。 父   は? エミ  お客さん?あ、ほんとだ、こんばんわ! 父   お前ら何言ってんだ? ーリョウ、スマホいじりながら登場 リョウ オヤジ帰ってきたの?めしだめしだー!! エミ  こら、お客さんよ。 リョウ え?(顔上げて)ああ!(スマホしまって)どうも。 父   何だよお前ら、お客さんなんて・・・。 ー振り返る父、マチコと目が合う 父   誰!? 三人  いやいやいや。 母   え?お客様じゃないんですか? 父   知らないよ、見たことも無いよあんな白い女 エミ  とかなんとか言っちゃって、実は愛人とか? 母   ええ!? 父   バカいうな!知らねぇっつってんだよ!愛人だったとしたらむしろ知り合いで通すわ! 母   愛人なんですか!? 父   だから違うって!エミが余計なこと言うからややこしくなるだろうが! エミ  てへ。 リョウ じゃ、ストーカーとか。 エミ  いや、 三人  ないないない。 父   息合わせて否定すんな、むしろ失礼だろ! エミ  お父さんにストーカーするぐらいならグリコのマークに恋するわ。 リョウ かに道楽の看板のほうがましだね。 母   くいだおれ人形って意外とイケメンよね。 父   道頓堀界隈でまとめんなよ! マチコ あのぉ〜…。 4人  はい。 マチコ もしかして…、視えちゃってます?私のこと。 エミ  え? 父   見えちゃってるって…、そりゃ見えちゃってるよ。そんなとこに突っ立ってんだから。 マチコ いや、あの、そういうことじゃなくて、ですね…。 エミ  も、もしかして…。 母   まあ立ち話もなんですから、とりあえず上がってくださいな。 エミ  え?あげちゃうの?? マチコ あ、それでは遠慮なく…。 エミ  お前も入ってくんのかよ。 母   エミ、だめよ。お客様に向かって「お前」なんて言っちゃ。すいませんね、本当に…。 エミ  いや、お客様ではないでしょうが、あげちゃうとヤバイやつだよそれ多分…。 リョウ 何ワケのわかんないこと言ってんだよ姉ちゃん。どうぞこちらへ。 マチコ どうも…。 ーリョウ、マチコに手を差し出す、マチコ、手をとる リョウ うわっ!すっごい冷たい!! 父   外寒かったからなぁ。 母   あらあら、スグあったかいお飲み物、お持ちしますね。 マチコ あ、いや、お構いなく。 母   遠慮なさらずに。 ー母、ハケる。 エミ  何なのよみんな、え?もしかしておかしいのは私のほうなの? 父   さっきからどうしたんだ?エミ。お前らしくもない。 エミ  だってよく考えてみてよ、見たこともない人が家の中に入ってきて、「自分のこと視えちゃってます?」とか言って、白い、ちょっと季節はずれな感じの服着て、体が冷たくて、どう考えてもアレじゃない。 父   体が冷えるまで寒空の下にいたんだ、それなりに事情がある人なんだろう。 リョウ そうだよ、女の事情を根掘り葉掘り聞くなんて、男のやることじゃないぜ、姉ちゃん。 エミ  私は女だ!(殴る) リョウ 痛てっ!そういうところが男だっての。 エミ  何だとぅ! 父   やめないか二人とも・・・、すみませんねぇ、騒がしい家族で。 マチコ いえいえ…、ていうかみんな視えちゃってます?私のこと? エミ  ほ、ほら…。 父   ははは…、ウチはみんな、目がいいのだけが取り柄でね。 エミ  は? 父   家族全員、両目とも、裸眼で2.0なんですよ。 エミ  何言ってんの? リョウ やっぱグルコサミンのおかげかな? エミ  グルコサミンは関係ねーだろ! リョウ ぐるぐる 父   ぐるぐる マチコ グルコサミン エミ  のってくんな! ー母、コーヒーカップもって登場 母   世田谷育ちのグルコサミン エミ  お母さんまで…。 母   はい、あったかいココアですよ。 マチコ あ、ありがとうございます。 母   いいえ。 リョウ ところでお姉さんて、何しにきたの? 母   こら、いきなりそんなこと聞いて、失礼じゃない。 リョウ いいじゃんか。 エミ  いや、むしろ家にあげる前に聞くべきことよね。 マチコ そうね、来た、というか、引き寄せられた感じ? エミ  引き寄せられた? マチコ うん。その…旦那さん…旦那さんでいいんですよね? 父   ん?あ、ああ。 マチコ 旦那さんを見かけた瞬間、あ、この人だ!って感じで。 リョウ え?マジで!? 父   はっはっは・・・、この年にしてモテ期到来か? 母   お父さんっ!! 父   い、いや、冗談だよ、冗談。 エミ  こんなオッサンのどこが良かったわけ? 父   誰がオッサンだ、誰が。 マチコ いや別にこのオッサンがよかったとかじゃなくてですね。 父   ダブルショック!! リョウ そりゃそうだろ。 マチコ あの…、今日って、旦那さんに関して、何らかの記念日とか、そういうのってあったりします。 リョウ えー? エミ  あったっけ? 母   思い出せないわね…。 父   あるよ!誕生日!!(料理示して)コレ!!いや、帰ってきたとき忘れてたのむしろ俺だけどさ! 三人  あー。 エミ  あったねそういえば。 リョウ あれって昨日じゃなかったっけ? 母   いやねぇ、年取ると忘れっぽくなって…。 三人  ははは…。 父   いや、笑ってごまかそうとするなよ。俺の誕生日でしょうが!! リョウ 分かってるよ。 エミ  冗談に決まってるじゃない。 母   そうですよ、みんなで準備したんですから。 父   そういう地味にくる冗談やめて。 リョウ それだけ愛されてるってことだよ。 エミ  いや、別に愛してはいないけどね。 父   だからそういう冗談はやめろって。 エミ  え?これは冗談じゃないけど。 父   え? 母   まぁ、エミも年頃ですからね。 リョウ むしろ嫌じゃんか、この年になって「父さん愛してるっ!!」とか言われたらさ。 父   そぉんなことはなぁぁいっ!! 三人  え? 父   父さんはな、父さんはなっ!いつまでたっても娘に愛されていたいんだぁぁぁっ!! エミ  うぁ〜…。 リョウ さすがにヒくわ〜。 父   ラヴ・ミー・ドゥー!! エミ  ぎゃー! ―突撃する父 ―カウンターパンチを浴びせるエミ(パンチ直前、スローモーション) 父   (崩れ落ち)…強くなったな…、エミ・・・。実はな…、私がお前の父親だ…。 リョウ 知ってるよ。 エミ  な、なんだってぇ〜!! リョウ いや、そりゃそうだろ。 父   …最後に一度だけ…、自分の目でお前の姿を…(ガクッ) エミ  と、父さーん!! リョウ …何だコレ? マチコ …あの〜、そろそろその茶番、終わらせてもらってもいいですか? 父   茶番て言うなー! エミ  まぁ茶番だけどね。 マチコ で、やっぱり、その、旦那さんの…。 リョウ うん、誕生日だよ。 マチコ そうか…、それで…。 エミ  いやいやいや、そっちだけで納得しないで。父さんの誕生日とアナタがウチに来たことの関係性をさ、ホラ…。 マチコ ああ、すみません。実はですね、今日って私の命日なんです。 エミ  は? 母   へー、そうなんですか、それは奇遇ですね?お父さん、この方、今日が命日ですって。 父   ああ、だから引き寄せられたのか、なるほど。 エミ  え?あれ?え?なんでみんな納得してんの?? リョウ 姉ちゃん、命日ってなに? エミ  テメーは黙ってろ! 母   命日っていうのはね、その人が亡くなった日のことを言うのよ。 父   そうだ、つまり誕生日の逆ってわけだな。 リョウ へー。っていうことはこの人、もう死んだ人ってこと? マチコ まぁ、そういうことになりますね。 リョウ なぁんだ。 四人  ははは…。 ―間 三人  えー!! エミ  遅いわお前ら!何もかもがっ! マチコ あ!とはいっても、今日死んだんじゃないですよ。一年前の今日です。 エミ  いや、いらない情報だから、去年だろうが今年だろうが…。 リョウ と、いうと…。 父   もしかして…。 母   あなたは…。 三人  幽霊!? ―おどろおどろしいMと照明 マチコ うらめしやー。 エミ  きゃー! リョウ 何だ?姉ちゃん、女みたいな声出して。 エミ  私は女だ!(殴る) リョウ 痛ってぇ! 母   こら、エミったら、お客様の前なんですから…。 エミ  お客じゃないじゃん!幽霊だって言ってんじゃん! 父   幽霊だからってお客様じゃないとは限らないだろう?差別するのはよくないぞ。 マチコ ゴーストハラスメントですよ。 リョウ 姉ちゃん、ゴーストハラスメントって何? エミ  そんな言葉ねぇよ!っていうか少しは自分で調べる努力をしろ!ゆとり世代め! マチコ (目を隠し、声変えて)最初は親友だ、って言って仲良くしてくれてたんですが…。 エミ  何が始まったんだよ!どこの人生相談だよ! 父   でもねお嬢さん、あなたも何か失礼なこと、やっちゃたんじゃないの? エミ  乗るな!おもいッきりテレビなんて今の若者分かんないからね! 母   はいはい、分かりましたから、一旦落ち着きましょうね。そうだ、音楽でもかけましょうか。 ―母、ラジカセのスイッチを入れる ―M「移民の歌(レッド・ツェッペリン)」 エミ  落ち着かないわ!むしろちょっと荒ぶるわ!てゆうか、何でみんな、そんなに落ち着いてんのよ!幽霊だよ?幽霊がいるんだよ? 父   だって…なぁ? 母   いきなり幽霊が出てきたところで、ねぇ。 リョウ 実感湧かない、っつうか? マチコ ぶっちゃけ意味分かんないしね。 エミ  いや、お前は意味分かっとけよ!今、お前の存在について議論してんのに、自己否定するような発言をお前がすんなよ! 父   何か、ここまではっきり見えると、幽霊感なくて、全然こわくないもんな。 リョウ それにさ、別に害もなさそうだしさ、いいんじゃない?居ても。 エミ  いや、幽霊って障りとか祟りとかあるっていうじゃない。絶対よくないよ! リョウ そんなことないって。オヤジ別になんともないだろ? 父   そうだな、ちょっと肩凝ってるけど、他は別に何ともないよ。 リョウ ほら。 エミ  ちょっと待って!肩?? ―エミ、父の肩にマチコのオビがくっついていることに気付く エミ  ほら、やっぱりー!この幽霊から生えてるヒモのようなものが、お父さんの肩に!お父さんの肩にくっついているじゃないぃ! 母   あら?ほんとね。でもこのヒモみたいなものがくっついたくらいで肩が凝るかしら? 父   そうだよな、いくら何でも、これしきのことで…(オビ外す)、軽ッ!これ取った途端、肩、軽ッ!! マチコ あ…。 エミ  やっぱり!この幽霊は悪霊よっ! リョウ え?まじで??どんな感じ? 父   おお、ちょっとやってみるか? エミ  え?ちょっと、何やってんの? マチコ あ、あの…。 ―父、リョウのケツにオビをつけつつ蹴る。 リョウ 痛っ! 父   な? リョウ 本当だ、まるで今蹴られたかのような痛みと衝撃が走った! マチコ あの、ちょっと…。 父   どうだ?もう一回やってみるか? リョウ え?もういいよ。 父   そういわずに…。 ―父、母を呼んだ後、リョウのケツにオビをつけ、蹴らせる。 リョウ ぎゃあっ! 父   どうだ? リョウ どうだも何も痛いよ!痛いと分かったうえで、なお痛かったよ!何かさっきより俄然威力が増していたよ! 母   あれじゃないかしら、積年の恨みが炸裂したみたいな…。 リョウ 積年って何?俺この人と初対面なんだけど…。 母   ふふふ、まぁいいじゃないの。 マチコ ちょっと、いいですか…。 父   どうだリョウ?もう一回やってみないか? リョウ いや、さすがにもうやだよ。すげー痛かったもん。 父   まぁまぁ、そういわずに…(エミに)ちょっと持ってて。 エミ  えぇ〜…。 ―父、エミにオビ渡し、リョウを羽交い絞めにする。 父   準備おっけー。 リョウ いや、何の準備だよ!やだっての。 父   今度は右のほっぺがいいんじゃないか? リョウ ちょ、ちょっとー! エミ  ったく、しょうがないわね…。 ーエミ、近づく リョウ やめて、ごめん、もうしないから、ほんとやめて、(くっつけられる)ぎゃー!!…あれ?何ともない。 エミ  かーらーのっ! ―エミ、おおきく振りかぶってビンタ リョウ ぎゃー!…何すんだよ、姉ちゃん…。 エミ  あら?私は父さんたちと同じことをしただけよ? リョウ え? 父   あ、バレた? リョウ え?何?今までのって…、全部殴られ損?? マチコ あの、ちょっといいですか? 父   ん?そろそろ終電の時間? マチコ そうなんですよぉ〜、ウチ門限が厳しくってぇ〜…、違います。私の話を聞いてください。 父   う、うん…。 マチコ 私の…、その…、オビみたいなやつ。 エミ  (オビ示し)これ? マチコ はい、それなんですけど、基本的に引き寄せられた相手にしか効果ありません。 母   効果って、肩こり?? マチコ はい。 父   効果って、いいことのように言ってるけど、こっちデメリットしかなくない? マチコ それとですね、そのオビ、長時間離してると、最悪死にます。 リョウ え?まじで? マチコ まじで。 父   え?俺が? マチコ いや、私が…。 エミ  お前かよ。 リョウ ていうかもう死んでんじゃん。 マチコ ええ、だから幽霊として死にます。 母   幽霊として、ってどういうことかしら? 父   あれじゃないか?マイナスのマイナスでプラスになるみたいな。 リョウ どういうこと? 父   だから、何か生き返る的なやつじゃないか? エミ  へー、生き返るんだ。 ―エミ、持っていたオビを、マチコ側の根元あたりからちぎる。 マチコ ぎゃー、何やってんのー! エミ  え?だって生き返るんでしょ? マチコ いや、私、生き返るなんて一言も言ってないよね? リョウ 生き返んないの? マチコ 生き返んないわよ! 母   じゃあ、幽霊として死んだらどうなるのかしら? マチコ 幽霊として死んだら…、消滅しちゃうの! 父   えー、何かありきたりー。 マチコ いや、ありきたりって何?意外性とか今必要ないでしょ? エミ  でもまぁ、消えてくれるんなら…、ね? マチコ へ? リョウ 短い間だったけど、忘れないよ。 マチコ え?何ナニ?? 母   変に長く一緒に居ると、情が移っちゃいますしね。 父   ココに居つかれても困るしな。 マチコ ちょっと…。 家族  しっかり成仏してください! マチコ えー、もうちょっと名残惜しんでくれてもよくない? リョウ だって名残惜しむほど馴染んでもいないし。 エミ  厄介ごと抱えたくないしね。 マチコ えー、何それー、…まぁいいけど、ウソだし。 エミ  ウソかよ! 父   ん?ていうか、どこからがウソ? マチコ どこからって? 母   だから、命日の話とか、幽霊だとか…。 マチコ あ、そこは本当です。そのオビが触れてないと死ぬってとこだけです。 父   えー、そろそろ飽きてきたけど言い出せずにいたところ、つつがなく帰ってもらえると思ってたのに? 母   そうね、でもそれじゃ、どうやったら帰ってもらえるのかしら? エミ  いや、普通に帰れって言やいいじゃんか。 マチコ そう簡単に行けばいいんですけどね…。 エミ  どういうことよ。 マチコ 私もね、好きで一年間幽霊やってるわけじゃないんですよ、本当はさっさと成仏したかったんですけど、なんかできなかったみたいで…。 リョウ え?何で? マチコ それが分からないからこそ、今のこの有様です。 エミ  あれじゃないかな?何かこの世に未練があって、それで成仏できない的な…。 母   未練?何か心当たりとかは? マチコ それが…、全然思い出せないんですよ、生きていた頃の記憶も自分の名前くらいしか…。 エミ  名前だけって…。 リョウ そういや名前聞いてないや。お姉ちゃん、名前なんてーの? マチコ ワタナベマチコです。 父   んー、どこにでも居そうな名前だなぁ…。 マチコ すみません、ありきたりで…。 エミ  いや、謝るところじゃないから。未練か…、何かあるかなぁ…。あ、好きな人に告白できなかったとか? 母   ドラマの最終回を見逃したとか? 父   アイスの最後の一口を食べ逃したとか? リョウ あと一枚で銀のエンゼルが5枚そろうところだったとか? エミ  ちょ、ちょっと、ちょっと!何なのみんなの未練。たいした未練じゃないのばっかじゃん。 父   そんなこと言ったって、たいした未練なんてそうそうあるもんじゃないだろう? エミ  いや、そうそうないからこそ、幽霊との遭遇自体がマレなんじゃないの?いる?近くに、幽霊視たことあるよ、って人。 父   うーん、稲川淳二とか…。 母   桜金蔵とか…。 リョウ BBゴローとか。 エミ  どれもこれも近くにいる人じゃないし、ラインナップが微妙だよ。特にBBゴロー! 父   まぁ、いいじゃないか。とにかくあれだろ?未練っぽいものいろいろやってみて、あたりが出たら無事成仏、って流れだろ? マチコ いや、あの…。 リョウ ざっくりと適当にまとめたなぁ…、でも面白そうだからいいか。 マチコ …。 父   じゃあ、まず父さんから…、お嬢さん、私とデートしていただけませんか? マチコ え?イヤですけど…。 父   いや、あの、そこはのっかっていただかないと…。 母   アナタ!何をなさる気ですかぁ? 父   いや、ホラ、さっきエミが言ってただろ?好きな人に告白できなかったんじゃないか?って、だからその…、そう、一通りデートしてあげれば成仏できんのかなー?って…。いや、決してやましい気持ちなんか、これっぽっちもないよ…。 母   ふーん、その割には鼻の下、伸びきってましたけど? 父   (顔隠して)え?い、いや、そそそ、そんなことないよー。 母   (一叩きして)まったく、油断も隙もないんですから。 リョウ まったく、大体オヤジ相手で満足できるわけないじゃないか…、お嬢さん、私とデートしていただけませんか? エミ  オメーも一緒かよ! リョウ いや、ほら俺には若さがあるからさ。 マチコ デート…、ですか…? リョウ ホラ、違う反応。コレ好感度それなりにある時のやつだぜ? エミ  ちょっと待って!つーかさ、アンタ、デートとかしたことあんの? リョウ みくびってもらっちゃ困るぜ!電脳界のスーパーリア充とは、俺のことさ! エミ  電脳界って言ってる時点でリア充じゃねぇじゃねぇかよ! リョウ だって三次元の女ってコワイ…。 エミ  よくもまぁ、ヌケヌケと、デートに誘えたもんだな。 リョウ 幽霊ってなんか二次元ぽいから…。 エミ  二次元ぽいか? リョウ 触れないし…。 父   年取らないし…。 母   ご飯食べないし…。 三人  二次元っぽいといえば二次元ぽい。 エミ  三人で勝手に納得すんなよ。 マチコ まぁ、そこまで言われたら、私も二次元の住人てことでいいです…。 エミ  いや、何の妥協? リョウ よしっ、そうと決まれば!(スマホかけるフリ)プルルル、プルルル…。 ―リョウ、ジェスチャーで「電話とって」とマチコに伝える ―マチコ、察して マチコ あ、はい。ワタナベです。 リョウ あ、マチコちゃん?今度の日曜日、俺とデートしない? マチコ 日曜日…ですか?…、あ、はい、大丈夫です! リョウ ちょっと子供っぽいけどさ、動物園なんかどう? マチコ いいですね、私、動物大好きです! ―リョウとマチコ、動物の話題で少し雑談 ―遠巻きに見守る残りの家族 エミ  何ナニ?ちょっと、いい感じじゃない? 父   動物園か…、動物園だとそのあとの展開に発展しにくいんじゃないか? 母   その後って何です? 父   い、いや、何でもな(母につねられる)…い!?いたたたっ! エミ  しっ、静かにして! 父   いや、俺のせいじゃないよ…。 母   しっ! 父   …はい。 リョウ それじゃあさ、待ち合わせはどこにする? マチコ 決めなくても大丈夫よ、ちゃんと会えるから。 リョウ いや、そんなこと言っても見つけるのに時間かかっちゃうじゃんか?ちゃんと決めないと…。 マチコ 大丈夫よ、すぐに遭えるもの…。 リョウ え?どうして?? マチコ だって、私…、アナタのすぐ後ろに居るんだからぁ! リョウ え?(振り返る)ギャー!! エミ  (リョウ叩いて)何の怪談だよ! リョウ いや、今の、(マチコ示し)コッチのせいだって。 マチコ 何か、そういう流れ期待されてんのかな?って思って。てへっ。 エミ  期待してないから!さっさと成仏してくれることにしか期待してないから! 父   でも、デート作戦が二度も失敗したとなると、恋愛関係の未練ではないのかもな? リョウ オヤジのは失敗か? エミ  でも確かに、恋愛関係ではないのかも…、だとしたら何だろ…?あ!そうか!ちょっと待ってて!(部屋から出る) 母   どうしたの? 父   おい、どこいくんだ? エミ  (声だけ)すぐ戻ってくるから! リョウ 何かロクでもないこと思いついたんじゃないのかな? マチコ え?何ですか?ロクでもないことって。 リョウ いや、姉ちゃんてさ、何か思いついたときって、大抵ロクでもないことばっかりでさ…。例えば夕飯の支度のときに、突然コンビニに行ったと思ったら、おでんのつゆだけもらってきたり…。 父   でも、あれで作ったブリ大根は絶品だったぞ。 リョウ 別のときは肉屋に行って、大量の牛脂をもらってきたり…。 母   これで作ったチャーハンが、また美味しいのよ。 リョウ ええ!?みんな肯定派なの?でもそれだけもらってくるのっておかしいじゃんか! ―服を手にしたエミ、入ってくる。 エミ  節約術よ、失礼ね。 リョウ げ!いつの間に! エミ  あんたみたいな無駄飯食らいが居るんだから、ロクでもないことと思われようと、少しでも家計に役立つことしなきゃいけないの。 リョウ 人のことニートっぽく言うなよ…、一応まだ大学生なんだからさ。 エミ  生活費入れろとは言わないけどさ、せめてバイトでもして、自分の小遣いくらい、自分で稼いだらどうなの? リョウ う…! エミ  まぁいいわ、この話はまた後でじっくり…。で、私の考えだけど、じゃーん!(持ってきた服を見せる) 母   あら、素敵な服ね。 エミ  でしょ?今度のプレゼンで出す予定なんだ。 父   プレゼンて…、コレ、お前がデザインした服か? エミ  そ。今回は何とか最後まで残れたんだ。 マチコ え?娘さんて、ファッションデザイナーなんですか? エミ  へへへ、まぁそんな感じのトコ。とにかくさ、着てみてよ。 マチコ いいんですか? エミ  もちろん!そのために持ってきたんだもん。 マチコ わぁ…。 リョウ でもさ、幽霊って着替えとかできんの? 四人  え? リョウ いや、ほらさ。幽霊ってさ、死んだ時の姿で出てくるとか言うじゃんか? 母   そうなの? エミ  さぁ? マチコ どうなんでしょう? 父   当たり前みたいに言ったけど、一般的な知識じゃないみたいだぞ? リョウ いや、そうなるんだって。この前、ヤフー知恵袋でみたから多分間違いないよ。 父   う、うん…。 エミ  まぁ、根拠としてはかなり弱いけどな。 リョウ でさ、ていうことは、自由に服を着替えたりとかできないってことなんじゃないかなぁ?って思ってさ。 母   そう…なの…? マチコ いや、私にも…。 エミ  考えたって分かんないんだからさ、とりあえず着替えられるかどうかだけでもやってみりゃいいじゃん。できなかったらできなかったでさ。 マチコ そうですね。 エミ  じゃ、こっちにどうぞ。 マチコ はい。 ―エミ、マチコ、部屋のあるほうにはける 父   リョウは何だ、オカルト関係とか好きなのか? リョウ うん、怪談とか特に。この前も、あの…、あそこで怪談披露したんだよ。 父   あそこって? リョウ あの、なんだっけ…、ああそうだ、アトリエJAM。 母   その情熱を、少しでも勉強に傾けてくれたら助かるんですけどね。 リョウ オフクロ、それは言わない約束じゃないか…。 父   お前が言うな!ていうか、なんだその約束? リョウ てへっ。 母   まぁ、いいじゃないの。 父   いや、あんまりよくないけどな。…そういえばリョウ。 リョウ ?なに? 父   お前、さっきさ、「多分間違いない」って言ったろ? リョウ うん。 父   あれって、「多分」なのか?それとも「間違いない」のか?どっちなんだ? リョウ だから、多分間違いない、ってことだよ。 父   いや、だからどっちなんだよ。 母   おそらく、間違いない、ってことじゃないかしら? 父   それ言い方変えただけだから。 リョウ え?何が問題なの? 父   だからな?「多分」ていうのは、合ってるか合ってないか分かんない、そうだと思う、ってことだろう?でも、「間違いない」ってのは断言した言い方じゃないか。だとしたらその二つが組み合わさるのはおかしかないか? 二人  そうかなぁ…? 父   え?違うの?俺が間違ってんの?? リョウ 多分…。 母   おそらく…。 父   ええっ!? ―三人、実のない話を延々つづける。 ―しばらくしてエミ、出てくる。 エミ  …みんな…。 父   おぉ、どうだった? 母   無事着替えられたの? リョウ その表情からして、やっぱり着替えられなかったんじゃないか?でもまぁ仕方がないよ、それが自然の摂理ってやつなんだからさ。 エミ  入ってきて!マチコちゃん! ―着替え終わったマチコ、ゆっくりと入ってくる。 母   まぁ。 マチコ …ど、どうも…。 父   (リョウ叩いて)着替えられんじゃん! リョウ 痛てっ!だから多分って言ったじゃんか…。 父   お前今日空振りばっかだな、ロクでもないことといい、幽霊の着替えといい…。 母   素敵!よく似合ってるわよ。 マチコ そ、そうですか?ありがとうございます。 エミ  …こわい…。 リョウ ん? エミ  …こわいの…。 父   どうした?エミ。着替えの間に何かあったのか? 母   (マチコに)何かありました? マチコ いえ、特には…。 エミ  私のとどまるところを知らない才能の計り知れなさがこわくてたまらないのよー! リョウ …。 父   …。 母   …。 マチコ …。 四人  …は? エミ  だって見てよこれ!幽霊が着ているというのに色あせることのないこのデザイン、このカラー、このフォルム! リョウ いや、そうかもしんないけど…。 エミ  死してなお朽ちることのない…、そう、これはまさに永遠の美。そんな神をも恐れぬ美を生み出してしまう自分の才能がこわくてたまらないのよっ! 父   いや、落ち着け、とにかく落ち着けって。 エミ  美の巨人がっ!私の中に眠る美の巨人が動き始めたのよっ! ―M「紅蓮の弓矢(Linked Horizon)」(ちょっとだけ) エミ  よう…五年ぶりだな…。 父   その巨人は違うだろ! リョウ だめだこりゃ。 母   完全に目的見失っっちゃったみたいね。ごめんなさいね。 マチコ え?あ、あぁ…、いえ…。 母   ?何か、思い出しました? マチコ いや、はっきりとは…、でも、何か、何ていうか…。ちょっと近いような…、そんな感じが…。 母   近い? リョウ 五年ぶりってやつが? マチコ いや、そっちはよく分かんないですけど…、この服を着て…、その、何か楽しい感じが…、うまく言えないんですけど…。 父   何か未練と関係している気がすると…。 マチコ はい、はっきりとは言えませんが…。 リョウ やったぜ姉ちゃん!近いって! エミ  え?何が?? リョウ 何が?じゃねぇよ、未練だよ、未練! エミ  え?…あ!えぇ、あ、そうなんだ、ふーん。 リョウ ごまかしきれてないからな。 エミ  …分かったわよ、…ごめんなさい。 マチコ あ、でも近かったんで…。 父   どこらへんが近かったんだろうなぁ…。 エミ  それだけでも分かればねぇ…。 母   ふふふ、そこで満を持してのお母さんの登場なんです。 リョウ な、何だってェ!もしや秘策が!? 母   そうね…、それじゃ、肩をたたいてくれる? マチコ え?あ、はい。 ー肩たたきをはじめるマチコ 母   あー、うん、上手ね。 マチコ あ、ありがとうございます。 リョウ え?何これ?今これ何の時間?? エミ  ちょっと母さん。母さんの希望じゃなくて、こっちの未練を断ち切るのが目的なんだよ? 母   分かってるわよ。 父   ははぁ、なるほどなぁ…。 エミ  ん?父さん、何か分かったの? 父   親孝行だよ。 リョウ 親孝行? 母   そう。親孝行、したいときに親はなし、って言うじゃない? リョウ 亡くなったのはマチコちゃんのほうだけどな。 母   マチコちゃん若いから、親孝行もこれからって時に亡くなったのかもと思ってね。 エミ  でも母さん、マチコちゃんの親じゃないじゃない。それは大丈夫なの? 母   あら?そうね。 父   まぁでも、そこは何とかなるんじゃないのか? エミ  え?何で? 父   何ていうか…、ほら、肩をたたいているマチコちゃんが思い出すように瞳を閉じると、まぶたの裏には懐かしい母の姿が…。 リョウ ああ、で、オフクロの姿と本当の母親の姿がダブって見えて。 父   そうそうそう、で二人で一緒に益子焼窯元センターに行って、(リョウの後ろにまわり)こう、二人でろくろを廻して。 エミ  ん? リョウ 逆さ吊りにされたジャッキーが下にある桶の水を上の桶に入れ替える修行をしてて。 エミ  いや、ちょっと! 父   で、最後に自分なりの酔八仙を編み出して、因縁の相手を倒し、「終劇」と。 リョウ カンフー映画の名作だよな。 エミ  何の話だ! 父   え?酔拳だけど? エミ  当たり前みたいに言うな!話のスタート地点が違うだろうが! リョウ しかも途中、ゴースト入ってたし。 エミ  途中入ったんじゃなくてお前がもう一段、話し曲げたんだよ、二段階に曲げてんだよ!二段階右折だよ! リョウ そういえば、ゴーストのラストってどんなんだっけ? 父   確か、悪者が事故とかで死んで、ゴーストになるけどそいつらは地獄行きになって、主人公の恋人のゴーストは心残りが解消されて天国行きっていう都合のいい終わりかただったはずだけど。 リョウ へー、そうなんだ。マチコちゃんもさっさと未練解消して、天国にいけるといいなぁ…。 父   ああ、そうだな。…ところでエミ。 エミ  何? 父   二段階右折はちがくないか? エミ  遅せぇよ!遅いしこっちも気付いたよ!言った直後に気付いたけど指摘されなかったからスルーしてくれたのかと思ったのに、時間差で今頃ぶり返すなよ! 母   …ふぅ、ありがとう。楽になったわ。 マチコ いえ、どういたしまして。 リョウ …どう? マチコ う、うん…。 父   ファー、って感じない? エミ  何?ファー、って感じって? 父   よくあるじゃんか、天に召される時にファー、ってなる感じ。 マチコ いや、特にそんな感じは…。 エミ  うーん、だめかぁ…。 父   いけそうな感じしたんだけどなぁ…。 エミ  え?どの辺で? 父   いや、何となく…。 母   何だか、ごめんなさいね。 マチコ いえ、でもこれも近かったというか…。 リョウ これも近い?…はっはーん、と、いうことは! 父   分かったのか? リョウ 姉ちゃんが作ったこの服を、オフクロが着ればすべて解決だッ! ―間 父   いや、そうなるか? リョウ だって、近い要素と近い要素をかけあわせたら、より近くなるんじゃないの?ほら0に近い0.1と0.1を掛けると、より0に近い0.01になるように…。 父   そりゃそうかもしんないけど…。 母   でもそれって、ただ私がエミの服を着ただけじゃないかしら? マチコ 私、関わってないですよね? リョウ あ、そういえば…。 エミ  だめじゃん。 父   近い要素と近い要素をかけあわせたら、果てしなく遠ざかったな。 リョウ おっかしーなー。 エミ  そもそも、そのまま組み合わせればいいってもんじゃないでしょうよ。 ―呼び鈴鳴る 母   あら?こんな時間にお客様かしら?はーい…。 ―母、玄関側に向かう 父   じゃあもうこの件は迷宮入りということで。 リョウ え?徐々に近づいていってるのに? エミ  そうよ、もうあと一押しかもしれないじゃない。 父   いや、こういうのはうやむやが丁度いいんだよ。 マチコ それじゃ私、ずっとここにいてもいいんですか? 父   それは困るな。 エミ  うん、ていうかそれが困るから未練探ししてるんだけどね。 父   でも他に心当たりあるか? エミ  うーん、何か思い出したこととかない? マチコ 特には…。 ―母、カバンを持ったアラタカ(表記:アラタ)を連れて入ってくる。 母   どうぞ、こちらへ。 アラタ どーも。あ、これはこれはご家族お揃いで。 リョウ ん?…だれ? 父   母さん、そちらは…? 母   えーと、…どなたでしたっけ? 三人  いやいやいや。 エミ  素性のハッキリしない人、家にあげちゃだめだよ。 母   ふふふ、まぁいいじゃないの。 父   いや、全然よくないけどな、こればっかりは。 リョウ おっさんだれ? アラタ 突然すみません。私、霊能力者のアラタカと申します(名刺出す)。偶然この近くを通りかかったら、この家から金の匂いが…、いや、霊の気配がしましてね、ちょっとひと儲け…、いやいや、お祓いをしたほうがよいのかなと思いまして、訪問させていただいた次第でございます。 リョウ え?霊能力者?ホンモノ?スゲー! 母   まさか我が家に本物の霊能力者が訪れる日がくるなんて…。 父   いやいや、まてまて。あからさまに怪しいぞ、そいつ。 エミ  そうよ、金の匂いとか、ひともうけとか、口滑らした感じで言ってたじゃん。ごまかしきれてもいなかったし。 リョウ え?おっさんニセモノなの? アラタ いやいや、本物の、霊能力者ですって。 リョウ オヤジ、本物だって。 父   そうか、本人がそう言うなら信じざるをえないな。 エミ  待てーい!今の会話のどこに信じざるを得ない要素があったんだよ。口車ですらなかったじゃねぇか! 父   あ、ああ、すまなかった。あやうく騙されるところだったよ。 エミ  いくらなんでもチョロすぎるから…、まったく、あのねぇ、アラタカさん?何が目的かは知りませんが、そんな霊感商法まがいのことやってると、いつか身を滅ぼしますよ? アラタ そんな人聞きの悪い…。私は本物の霊能力者ですって。その証拠に、実はこの家の中に幽霊がいます!私の指差す方向の先にねっ! ―アラタカ、マチコをしっかりと指差す エミ  うん、まぁ…いるよ、ね。 アラタ ん?…ん? 父   ああ…え?証拠ってその程度? リョウ 何だ、じゃあやっぱりニセモノか、期待して損した。 アラタ いや、え?あの、知ってんの?ココに幽霊いるの。 父   知ってるよ。 アラタ あの、ココ!ココに、その、女性の霊が…、ちょっと素敵なファッションに身を包んだ女性の霊が…。 リョウ だから知ってるっての。 母   ちなみにその服、娘が仕立てたんですよ。 アラタ え?いや、あの、あなたみんなに視えちゃってんの? マチコ ええ、なんか視えちゃってんですよ、ずっと。 アラタ えー、いや、…あの、うん、そう、です、か…。 エミ  私たちが見えているものを改めて教えてもらったところで、ねぇ。 アラタ でも、幽霊が視えている、ってことには違いないじゃないですか? エミ  そうだけれど、私たちにも見えてるんだもん。私たちに見える幽霊が見えてます、って言われて、「霊能力者なんですよ」って言われたって、こっちとしては、ああ、その程度なんだ、としか思えないじゃない。 母   そうよね、「その証拠に」って言った手前、もうちょっと驚きが欲しいわよね。想像以上にケツが硬くなるとか。 父   ネコとか花とか擬人化させるとか。 リョウ 縦縞のハンカチを横縞に変えるとか。 アラタ それなんか、どれも霊能力と関係ないやつですから。…そうですか、じゃあ…、最近、何か困ってることとかありませんか? 父   困ってること? アラタ ええ、皆さんが困っていることを、私の霊能力で解決して、信じていただくという…。 母   困ってること、ねぇ…。何かあったかしら…。 アラタ ほんと、どんなことでも、些細なことでも構いませんから。 リョウ そうだ!それじゃさ、探し物とかできる? アラタ ほっほっほ、お安い御用です(カバンから水晶玉取り出す)。何をお探ししましょうか? リョウ ワンピースの16巻。最近また読みたくなったんだけど見つかんなくてさ。 アラタ なるほど…、ではちょっと探してみましょう…ふんっ!(水晶に念を込める) エミ  ん?ワンピースの16巻て、あのチョッパーが出てくるやつ? リョウ そうそう。久々に初期のチョッパー見たくなってさ。 エミ  あ!ゴメン。あれずっと私借りてて、しかもこの前友達に貸しちゃった。 リョウ あ、そうなの?何だよ、どうりで見つかんないわけだ。 エミ  ホントにごめん、来週には返ってくるから。 リョウ ああ、別にいいよ、あるのが分かれば。 アラタ …はぁっ!…出ました…その本はですね、お姉さんの…。 リョウ あ、姉ちゃんの友達のところにあるって。 アラタ へ? リョウ さっき姉ちゃんが友達に貸したってこと思い出してさ。 アラタ あ…あぁ…、いや、そうでしたか、それならよかった。 エミ  あ、じゃあ、ちょっとつまんないものなんだけどいい? アラタ ええ、大丈夫ですよ。 エミ  今度車検なんだけど、納税証明書なくしちゃったのよ。再発行してもらうのもめんどいし、ちょっと探してもらってもいい? アラタ 分かりました。では探してみましょう…ふんっ!(水晶に念) 父   車検に使う納税証明書って、あ、自動車税のやつか? エミ  そうよ、それ以外ないじゃない。 父   いや、あれ最近の車検ではいらないみたいだぞ? エミ  え?そうなの? 父   最近はディーラーがパソコンで調べて確認してくれるらしいんだよ。父さんも最近知ったんだけどな。 エミ  そうなんだ、便利な世の中ね。 アラタ …とぁっ!…ふぅ、出ました…、どうやら車の…。 エミ  あ、ごめん、もういらないや。 アラタ え?何で?? エミ  最近はなくても、パソコンで調べられるから大丈夫なんだって。便利な世の中よね。 アラタ あ…う…、そ、そうですね、IT社会って素晴らしいですね、ははは…。 父   俺もつまんないものかも知れないけどいいかな? アラタ ど、どうぞ。遠慮なく。 父   子供の頃集めてたビックリマンシールのコレクション、確かこの家に持ってきてたはずなんだけど見つかんないんだよね。 アラタ おお!懐かしいですね、私も昔集めてましたよ。それじゃ、今度こそ…、ふんっ!(水晶に念) 母   お父さん、ビックリマンシールって、このくらいのシールのやつかしら? 父   そう。スーパーゼウスのコレクションファイルに入れて保管してあったはずなんだけど、この前久々に見たくなってさ、探したけどないんだよ。確かにこの家に持ってきたはずなんだよなぁ…。 母   あらやだ、お父さんたら、それだったら今年のお正月に親戚のコーヘイ君に、あげたじゃありませんか。 父   ええ!?ウソぉ。 リョウ ああ、そういえばあげてたね。 父   えー、何で。 エミ  コーヘイ君がAKBックリマンてやつ集めてて、みんなに見せびらかしててさ、そしたらお父さん、そんなのだったら俺も持ってるぞー!って例のファイル持ってきてさ。 母   そうそう、そしたらコーヘイ君がいいな、いいなって言い始めて。 リョウ そしたらオヤジ、そんなに欲しいならくれてやるわ!がっはっはー、とかいってあげちゃったんじゃん。 父   あ、あぁぁ、うっすらと思い出してきた。あれ、酔った勢いであげちゃったんだ…。 エミ  やっぱりね、そんなところだと思った。 リョウ しっかりしろよ、オヤジ。 父   いや、スマンスマン…。そうだな、あげちゃったもんはしょうがないか…。 アラタ …うるゅあっ!…はい、出ました!…ビックリマンシールですが、何と、親戚の…。 父   うん、あげてたあげてた。 アラタ はいぃー!? 父   いやー、みんなに言われて思い出したんだよ。親戚の子に上げてたって。ほんともうビックリだよ。ビックリマンだけに。 アラタ ちょっとー! 父   ん?どうした? アラタ どうした?じゃなーい!さっきから人に探し物させておいて、こっちが答えるより先に解決しちゃうってどういうつもり? リョウ いやだって、何かみんなに聞いたら分かっちゃったんだもん。 アラタ 分かっちゃったんだもん、じゃないよ!普段からちゃんと家族のコミュニケーションとりなさいよ!それで防げる犯罪もあるんだよ! エミ  何の話? アラタ あのね、こっちもこんな風に、ふんっ!てやって、疲れるのよ。今日、もう三回もやってるよ、ふんっ!て。で、全部無駄になってんの。たまんないでしょ?お役に立とうと、ふんっ!てやって、終わった頃に役立たずになってたら。 父   そりゃ確かに…。 アラタ だから次はもうホントに全員が分かんないヤツにして!みんな知んないヤツ。それ、こっちであてて、「わ、スゴーい」ってなるから。いいね? 父   あ、あぁ。 アラタ はい、じゃ、次! 母   あ!それじゃこれなんかどうかしら。あの…。 アラタ ちょ、待って!だから言う前に一旦全員で相談して。言うとほら、私、ふんっ!てなっちゃうから。 母   あ、ついうっかり。みんなちょっと集まって。マチコちゃんも。 マチコ え?私もですか? ―家族とマチコ集合、小声で話し合いした後、 父   おー、それなら確かに全員知らないな。 リョウ 何しろ当事者が分かんないぐらいだからな。 エミ  なるほどね、いいんじゃない? マチコ でも、いいんですか? 母   いいのよ、何かこのほうが霊能者って感じするじゃない? マチコ はぁ…。 母   アラタカさん? アラタ 決まりましたか? 母   はい、あの、ここにいるマチコちゃんの未練が何なのか。彼女の未練を探してもらっていいでしょうか? アラタ 彼女の未練? マチコ はい。 エミ  ほら、幽霊になった以上、何らかの未練を残しているんじゃないかって。それでずっと探してたのよ。 リョウ でもマチコちゃん、生きてたときのこと覚えてなくて、俺たちも手詰まりになりかけててさ…。 父   だったらアラタカさんなら分かるんじゃないか?って思ってね。 アラタ いや、そりゃできますけど…。でも自分たちのことじゃなくていいんですか? 父   いい、いい。どうせ俺たちの困りごとなんて大したことじゃないからさ。 マチコ あの、でも、やっぱり…。 エミ  いいの、マチコちゃんは気にしなくて。ね? マチコ あ、はい。 アラタ そうですか…、じゃ、見てみるとしますね…ふんっ!(念)…はい、出ました。 父   お、今回は早いね。 アラタ どうやら彼女の母親が関係しているようですね。 マチコ お母さん…。 リョウ まぶたの母が? アラタ ?何です? エミ  いや、気にしないで続けて。 アラタ それでですね、こうなると…、まぁ口で説明するよりも、本人に思い出してもらったほうが早いと思うんですよ。 父   そりゃそうだわな。 アラタ そこで、彼女の母親を呼びだして、直接会うことで記憶を取り戻していただこうかと…。 リョウ おお、何か霊能力者っぽい。 エミ  え?でもそんな風に都合よくうまくいくの? アラタ ええ、大丈夫です。何かこう、うまいこといくんですよ、こういうのって。で、ですね、ここからはちょっと相談なんですが、母親を呼び出すとなるとさすがに大変なんですよ。ですから、ここからは料金…。 エミ  (食い気味に)え!そんな大変なことなのにやってくれるんだー。ありがとう! アラタ ええはい、ですが、さすがにここからは料金…。 父   そこまでやってくれるなんてすごいな。本当、ありがとう! アラタ いや、あの、最後まで…。 母   よかったわね、マチコちゃん! マチコ はい!皆さんのおかげです! アラタ うん…、で、ですね、その前に…。 リョウ いや、アラタカさんて本当にすごい霊能力者だったんだね。本当に尊敬する!はい、それじゃ早速!! アラタ いえ、その…ダメです。 エミ  えー。 リョウ 強引に押し切ろうとしたのに…。 アラタ それがダメです。すみませんが、こちらも生活かかってるんで。 母   しょうがないわね。 父   でも今の時点ではアラタカさんの能力が本物かどうか、まだ分かってないよな? アラタ はい。ですから一度呼び出して、結果が出たら成功報酬、結果が伴わなければ報酬なし、という形ではいかがでしょうか? エミ  ま、それならね。 父   それじゃ、早速やってもらいますか。 母   何か準備とかありますか? アラタ ああ、いや、特には…。じゃ、このあたり使わせて頂きますんで、皆さん、ちょっと離れててもらっていいですか?…はい、じゃ、いきますよ。…(印を組んで)ふんっ! ―照明、ゆっくりとアラタカのピンに切り替わる ―M(神秘的な感じのヤツ) ―周囲暗い中、マチコの母(表記:マチ母)登場 マチ母 お邪魔しまーす。 ―照明戻る リョウ うわっ!びっくりした! エミ  え?あの…どちら様? マチ母 ん?私?その子の母ですけど? アラタ (印解除して)あ、きたきた。遠いところすみませんね。 マチ母 本当よ、久々にこんなところまで来て疲れちゃったわ。ちょっと座らせてもらっていいかしら?よっこいしょっと。 母   これはこれは、お疲れ様でした。お茶でもいかがです? マチ母 いえいえお構いなく。こちらこそ娘がお世話になったみたいで。 父   え?呼び出すってこんな感じなの?身に宿すような感じじゃなくて? アラタ ああ、タンデム型?無理です無理です。私のところじゃタンデム扱ってないんで。 父   タンデム型っていうんだ…。 マチコ お母さん…なの? マチ母 …そうよ、こっちにいらっしゃい。 ―マチコ、マチ母に近づく ―マチ母、マチコを抱き寄せ、頭をなでる。 ―マチコの記憶が戻る マチコ お母さん…お母さん! マチ母 あらあら、この子ったら…、もう、子供じゃないんだから…。 エミ  ほんとに思い出した! アラタ だから言ったじゃないですか。 エミ  え?何でなの? アラタ 何か、説明するとややこしくなるんで、まぁ、そういうもんだと思ってください。 エミ  えー。 マチコ お母さん…私…。 マチ母 分かってるよ…、大丈夫だから。大変だったね。 父   あの…、すみません、一応確認なんですけど…。お母さんもやっぱり幽霊なんですか? マチ母 そりゃそうよ。ていうか幽霊じゃないのに今ここにいたらおかしいじゃない。 父   まあそうなんですけど、一応。 マチ母 この子が社会人になってすぐ、倒れちゃって…。女手ひとつで育ててきたから、無理がたたっちゃったのかな? 母   女手ひとつ…? マチ母 ま、色々あって、母一人、子一人の母子家庭だったから…。でもね、そんなの親の事情じゃない。だから私は、そんなことを理由にみじめな思い、この子にさせたくなくてさ。つい、頑張りすぎちゃった。 母   そうだったんですか…。 マチコ みじめなんかじゃなかったよ、だけど…。 マチ母 ん? マチコ だけどそんなことより、私、もっとお母さんと一緒にいたかった…。 マチ母 え? マチコ もっと一緒にいたかった。一緒にごはん食べたり、お出かけしたりしたかった。でも、お母さん、頑張ってるって分かってたから、だからせめて自分が働き始めるまでは、って我慢してて、それで、やっと仕事はじめて、お母さんとゆっくり過ごせるようになったって思ったのに…。 マチ母 そっか…、ごめんね。そっか…、母さん、だめだな、あなたのためって思ってやってきてたけど、あなたの気持ち、全然考えてなかった…、結局全部、自己満足だったのかな…。 マチコ ううん、お母さんはだめなんかじゃないよ、でも…。 マチ母 …うん…ごめんね…。 ―少し間 母   はい!それじゃみんな一緒にご飯にしましょうか! マチコ え? リョウ え?何でいきなり? 母   もうお母さん、こういう空気ダメ、キライ。もう誰も幸せにならない感じのやつ。だからもうこんな空気ぶっとばしたいから、ご飯にします! マチ母 いやでも…。 母   お父さん、アラタカさん。テーブル、こっちに持ってきて。リョウはお客様の椅子持ってきて。エミとマチコちゃん、お飲み物とグラス持ってきてちょうだい。 三人  はーい。 マチコ あ、はい。 アラタ え?私も? リョウ アラタカさん、働かざるもの食うべからずだぜ? エミ  あんたがそんなこと言う日が来るなんてねー。ま、さすがにいつも言われてりゃ覚えるか。 リョウ 姉ちゃんばらすなよ。 ―エミ、マチコ、リョウ一度はける 父   じゃあ、アラタカさん。いいですか? アラタ あ、はい。 父   それじゃ、せーのっ! 母   あ、ちょっと待ってください。これとこれ…、あとこれね。あの、マチコちゃんのお母さん、手伝っていただけますか? マチ母 え、…っと、何をすれば…? 母   コチラの料理を温めなおしますので、これとこれ、持ってきていただけますか? マチ母 ああ、はいはい。 ―母、マチ母、料理を持ってハケる。 父   よし、じゃ、改めて、せーの! アラタ よいしょっ! ―父とアラタカでテーブルをセンターあたりに移動する。 ―移動後、椅子を移動。 ―その合間に椅子をもったリョウ。飲み物を持ったエミ、マチコ ―料理を持った母、マチ母が戻ってくる。 父   じゃあ、みんな、とりあえず適当でいいから席に着こうか? 全員  はーい。 ―全員、席に着く。 リョウ それじゃ、準備が整ったところで。ええと…今日は…、あ、そうだった、オヤジの誕生日を祝って…。 父   お前、今フツーに忘れてただろ! リョウ いやいや、そんなことないない。 母   まぁ、いいじゃないの。 父   ま、そうだな。 リョウ それじゃ、かんぱーい! 全員  かんぱーい。 ―全員、食事 リョウ 最初のからあげ!いただきっ!(食べる)か、辛いー、水、水! エミ  お、しょっぱなから大当たりか? マチコ え?当たり、って? エミ  我が家のパーティーでは、各皿にひとつ、激辛料理が含まれているの。 父   星野家特製、料理(リョリ)アンルーレットだ。 マチ母 面白いことやってるね(海苔巻き食べる)辛いー!水―。 母   あら、こっちも 全員  ははは…。 マチコ お母さん、大丈夫?はい。(水渡す) マチ母 あ、あ、ありがと(水飲む)ひー、ひどい目に遭った…。 マチコ お母さん…。 マチ母 なに? マチコ …楽しいね? マチ母 …そうね。 リョウ 姉ちゃん、このピザどう? エミ  あら、ありがとう(食べる)ぎゃー!水ぅー。(水飲む) リョウ 大成功! エミ  あー、だまされたー。ん?でも何で激辛料理が分かったのよ。 リョウ 今日の俺には、アラタカさんがついているからな! アラタ ふんっ!(水晶使って探してる) エミ  こんなことに使うなっ! 父   なんだこの能力の無駄使いは。 マチコ 私、ずっと夢だったんだ…お母さんとこうやって賑やかな食卓囲んで、楽しく食事をするの。 マチ母 うん…。 マチコ 今日、やっと叶った。皆さん、ありがとうございます。 リョウ いいって、いいって。 父   たくさんのほうが楽しいしな。 エミ  実を言うと料理を作りすぎちゃってね。 母   むしろ助かったわ。 アラタ いやいや、どういたしまして。 四人  お前じゃない! ーファー、って感じ マチコ あれ?何だろう? マチ母 お迎えが、きたようね。 母   お迎え? 父   というと、もうお別れか。 エミ  せっかく仲良くなったのにな。 リョウ もうちょっと居てくれてもよかったけどね。 マチ母 それじゃ、今度は向うで会おうね。 マチコ うん…、皆さん、本当にありがとうございました。また、いつかお会いしましょう。 ー暗転 ーマチコだけハケたら照明 リョウ 行っちゃったか…。 エミ  そっか、マチコちゃんの未練てお母さんとにぎやかな食卓を囲むことだったんだ。 マチ母 いっつも仕事で、一緒に食事したこと、ほとんどなかったから…、寂しい思いさせてたんだね…。 母   でも、よかったじゃないですか。無事、成仏できたんですから。 マチ母 そうね、ありがとう。それじゃ私もそろそろ…。 アラタ あ、お帰りですか? マチ母 はい、皆さん、お世話になりました。それじゃ。 ーマチ母、歩いて玄関側から出て行く リョウ いや、普通に歩いて帰んのかい。 父   あの、ファーって感じで帰るんじゃないのか。 エミ  何?ファーって感じって。 アラタ ああ、あのファーは成仏の時だけですから。 エミ  だから何?ファーって。 アラタ さて、それじゃ…。 母   あら?アラタカさんもお帰りですか? アラタ いや、そこのエビチリを…。 エミ  帰んねぇのかよ! リョウ 明らかに帰る流れだったろ。 アラタ いや、だってまだ成功報酬いただいてないじゃないですか? 父   あ!そういえば! エミ  ちっ!覚えてやがったか! 父   じゃあ、(エビチリ取り分けて)はい、これで。 アラタ これでって? 父   だから、成功報酬。 アラタ いやいや、確かに食べたいですけど、これが成功報酬って…、ちょっと待ってください。すぐ計算しますから。 ーマチコ、玄関以外の場所から入ってくる。 マチコ あの…。 リョウ ん?あれ?何で? エミ  どうしたの?あれ?マチコちゃん、どうして? マチコ ダメって言われて…。 父   言われたって、誰に? マチコ 何か、偉そうな人に。 母   どうして? マチコ 何か、「証」がないからダメだって…。 父   「証」?なんだそりゃ? アラタ ん?どうしました?あれ?何でここにいるんです? リョウ ダメって言われたんだって、偉そうな人に。 母   「証」がないとか何とか…。 アラタ え?そんなことないでしょう…、あれ?本当にないや…、誰か見ませんでした? エミ  見るも何も、どんなものか知らないわよ。「証」って何なのよ? アラタ 何て言ったらいいか…、白くて、この辺から出てる、何かオビみたいなやつで…普通はくっついてるからなくすことなんかないんですが…。 エミ  あ!オビって…(エミちぎったやつ持ってくる)コレのこと? アラタ そうこれ!…何で切れてるんです? エミ  さっき切った。 アラタ えー。 父   でもよかった、これで何とか…。 アラタ あ、ダメです。これ切り離し無効ですから。 リョウ 何だその映画の前売り券方式。 母   でも、それじゃどうなるんです? アラタ ま、普通だったら自縛霊とかになっちゃいますが、切ったオビが残ってますからね(切れたオビを縛って)はい、これで。 父   これで大丈夫なのか? アラタ ええ、大体一年ぐらいしたら直ると思います。 エミ  一年!?え?一年経たないと成仏できないってこと? アラタ はい。 マチコ その間、私はどうしたら…。 アラタ まぁ、どこかで御厄介になるしかないんじゃないですかね? リョウ どこか、って言っても、そんなの…。 父   ま、ウチぐらいしかないか。 母   仕方ないわね。 マチコ え?いいんですか? エミ  しょうがないじゃない、困った時はお互い様よ。 リョウ ま、それ切ったの姉ちゃんだしな。 エミ  (無言でリョウをたたく) リョウ いってー。何すんだよ! エミ  部屋は私と一緒でいい? マチコ あ、はい…。 父   幽霊の同居人か。 リョウ 姉ちゃんの部屋が事故物件に。 アラタ よし、お待たせしました。今回の報酬なんですが…。 エミ  え?何で?? アラタ 何で、ってほら、彼女の事…。 父   マチコちゃん、まだいるよな? 母   ええ、成仏できてませんよね。 リョウ 成仏できていないうちは、成功とは言えないんじゃないかなぁ…。 アラタ ええ!そんなぁ…。 父   まあまあ、ほら、エビチリ取ってあげるから。 アラタ …はい。 母   それじゃ、お誕生日会、再開しましょうか? 全員  はーい。 リョウ 春巻きいただきっ!(食べる)辛―!水、水。 エミ  また当たり? 父   なんだこのデジャヴ。 リョウ なんか今日、当たりの量、多くない? 母   大盤振る舞いよ、だって今日はお父さんの、ちょうど四十九歳になる誕生日なんですから。 アラタ いや、四十九歳を「ちょうど」とは言わなくないですか? 母   そうじゃなくて、四十九歳になるちょうどの日。 リョウ いや、それを誕生日って言うんでしょうが。 母   ふふふ、まぁいいじゃないの。 父   そうだな、ちょうどであることに違いはないからな。 全員  ははは…。 マチコ あの、皆さん。 父   ん? 母   なぁに? マチコ 皆さん、本当にありがとうございます。これからしばらく、ご迷惑おかけすることになるかと思いますが、よろしくお願いします。 母   はい、よろしくね。 リョウ まぁ、姉ちゃんのせいだしな。 エミ  もう、何度も言わないでよ。 父   堅苦しいのはこれで最後だ。成仏できるまでの間、本当の家だと思ってくれて構わないから。 アラタ それじゃ遠慮なく…。 四人  お前じゃない! リョウ それじゃ改めて、オヤジの誕生日と、新たな同居人の誕生を祝って!かんぱーい! 全員  かんぱーい! ―全員で和気あいあいと食事しながら、 (幕)