『地獄の攻防戦』  作:伊佐場 武 CAST タツヤ: アゲハ: クロキ: コハク: ―SE「電車が発車する音」 ―タツヤ、スマホを眺めながら登場 タツヤ  ええと…、バスは…、え?30分待ち??…タクシーは…(財布みて)、あ、いや…、仕方ない待つか…。 ―タツヤ、近くのベンチに座るが、疲れていたのか眠ってしまう。 ―そこに通話用イヤフォンで通話しながらのアゲハ、登場 アゲハ  …え?今日来てたの??マジかー、…アタシ?仕事だよ、マジやってらんない…そう、しかも田舎でさ…うん、あ!それじゃそろそろ現場だから切るね…うん、次は会いたいね、うん、それじゃ…(通話オフ、端末操作し)えー、っと?あれ?どこだ??ここで…合ってるのかな?えー、どこ?どこに居んの??(端末見て)…えっと…駅の…西口付近?…西ってどっちだっけ?…(ドラクエの画面を想像しながら)こっちが北、だから…西は…左??左でいいんだっけ?左だったよね?いいや、左で。 ―アゲハ、自分から見て左(舞台中央)に向かう。 ―そして座ったまま寝ているタツヤに気付く。 アゲハ  ん?コイツかな?…もしもーし、死んでる?生きてる?死んでんの??どっち?死んでるでいいかな?何か生きてるって感じの顔じゃないし、いいや、もう死んでるってことで。 ―アゲハ、端末操作して電話する。 ―その間にタツヤ、目を覚ます。 タツヤ  …ん?誰??…あ!あれ?もしかして寝ちゃってた??バス行っちゃってないよね?ええと…(スマホチェックする) アゲハ  (電話)アゲハでーす。例のアレ、見つけたんでー、連れて帰るねー…、大丈夫だって、ちゃんと左のほうで見つけたから…。え?だって左でしょ?…うん、何言ってんか分かんないからとりあえずそっち行くから、それじゃ。(電話切る)えっと、(端末操作)259255っと、(タツヤの腕掴んで)れっつごー! タツヤ  え?いや、あの、ちょっと…。 アゲハ  ちょ、すぐ着くからちょっと待って…、ん?あれ?…あ! ―SE「時空を超える感じ」 ―アゲハ、手を離してしまい、二人弾き飛ばされる。 (タツヤは近くに倒れ、アゲハは一度はける。) ―地獄 タツヤ  痛てて…何が起こったんだ…?え!?何ココ?どこ?どうなったの??駅に居たはずだよね??…え、何?まだ夢の中??夢の中の出来事??あ、そうだ、携帯…。あれ?圏外??またあれ?AUの通信障害?? ―アゲハ登場、タツヤ見つける アゲハ  あー、いたいた、見つけたー! タツヤ  あ!さっきのギャル! アゲハ  あの…ちょっと…いいですか? タツヤ  いや、それよりも大変なんですよ。何か分からないところに来ちゃったみたいで…。 アゲハ  うん、てゆーかそれは大丈夫だからちょっと話聞いてくれる?? タツヤ  いや、大丈夫じゃないですよ、携帯も使えなくて現在地も分からないんですよ?一大事じゃないですか。 アゲハ  いや、それは追って説明するからとにかく一旦落ち着いて…。 タツヤ  は!もしかして、これが噂のきさらぎ駅!!どうする?線路を歩いて戻ろうとすると太鼓の音が…。 アゲハ  きさらぎ駅じゃないから、いいから話を…。 タツヤ  ていうか駅がない!何コレ何これ、どうしたらいいの?? アゲハ  話を聞け!(蹴り) タツヤ  痛てっ!いきなり何…。 アゲハ  黙れ!しゃべるな!そこに座れ!! タツヤ  え?あ、はい…。(座る) アゲハ  落ち着いた? タツヤ  …はい。 アゲハ  よし…、あのさ、確認なんだけど、お兄さんて生きている人? タツヤ  え?いや、そりゃまぁ生きてますけど…。 アゲハ  うわ、マジかー。てゆーか何であんなところで寝てるわけ?バカじゃないの?風邪ひいたらどうすんのよ!それにスリに狙われたりしたらどうするつもり?非常識にも程があるわ! タツヤ  いや、あの、すみません。けなすか心配するかどちらかにしてくれません?感情どっちつかずになるんで。 アゲハ  んー、でも、まぁいっか。連れてきちゃったモンは仕方ないし。何とかなるっしょ。 タツヤ  あの、それよりココってどこなんですか? アゲハ  え?ああそうだったね、ここは…。 ―そこに帳面持ったクロキが走ってくる。 クロキ  あー、いたいた、アゲハちゃーん! アゲハ  ん?あ、店長、お疲れでーす。 タツヤ  店長? クロキ  店長じゃないっていつも言ってるでしょ。それよりアゲハちゃん、本当にちゃんと見つけられたの? アゲハ  ばっちりですよ! クロキ  ならよかった。左がどうとか言ってたから正直心配だったけど・・・、で、連れてこれたの? アゲハ  うん、コレ。 クロキ  ん? タツヤ  いや、コレって・・・。 クロキ  え?コレ?? タツヤ  コレって言うな! アゲハ  うん。 クロキ  んん?ちょ、ちょっと待って・・・(帳面出し見比べて)あ、あのさアゲハちゃん。 アゲハ  何ですか? クロキ  ちゃんと写真見たかな? アゲハ  写真てなんですか? クロキ  何ですか、って、リクエストメールに添付してあったでしょ? アゲハ  えー、そんなの知らないし。 クロキ  だろうね、だってほら(帳面見せて)、全然違うでしょ? アゲハ  うわ、全然違う、ウケる。 クロキ  ウケるー、じゃないよ。 タツヤ  全然違う?? アゲハ  でも店長、いいんじゃないですか?いつも人手不足だって言ってたじゃないですか? クロキ  それはまぁ、そうだけれど、でもさぁ・・・。 タツヤ  いやあのちょっと、ちょっといいですか? 二人   はい? タツヤ  あの、全然状況がつかめてないんだけど、とりあえずひとつだけ、最初にひとつだけ聞かせてもらってもいいですか? クロキ  あ、はい。なんでしょうか? タツヤ  ココってどこなんですか?駅前からなんかびゅーんってなってこんなところに来てたんですが…。 クロキ  え?あれ?アゲハちゃん、説明してないの?? アゲハ  うん、だって説明とかダルいし・・・。 クロキ  ちょっとー、だめだよちゃんと説明してから連れてこなきゃ・・・。いや、挨拶が遅れてしまい申し訳ありません。私、ここで責任者をしております、クロキと申します(名刺を渡す)。 タツヤ  (受け取り)あ、これはご丁寧に・・・。ん?え?これって冗談ですよね? クロキ  何が?? タツヤ  エンマ大王って・・・。 アゲハ  あー、分かる分かる。店長って、大王って感じじゃないもんね。 クロキ  いや、そうかもしれないけど・・・、でもだからって店長はやめてよ。 タツヤ  え?いや…え?本当なの?本当にエンマ大王なの? クロキ  はい、エンマ大王のクロキと申します。 アゲハ  言いづらかったら店長でもいいよ。 クロキ  いや、良くないよ。 タツヤ  それじゃ、もしかしてココって・・・。 アゲハ  地獄だよ。 タツヤ  えー!でも、でもお姉さんは普通の・・・。 クロキ  うん、アゲハちゃんは普通の鬼ガールだよ。 タツヤ  鬼ガール?? アゲハ  (おしゃれ角見せて)よろしくー。 タツヤ  うわっ、おしゃれ角! クロキ  あ、アゲハちゃん、勤務中は角アートだめって言ったでしょ。 アゲハ  秋なんでー、モミジをあしらってみましたー。 タツヤ  え?本当に?本当に地獄なの?いつ?ていうかなんで?? クロキ  人間誰しも業を背負って生きているものです。自分は何も悪いことをしていないと思っていても、それは自分の基準の中での話であって、我々からすれば全てが罪人といっても過言ではないのです。 タツヤ  いや、そういう概念みたいなのはひとまず置いておいて、そうじゃなくて、俺って死んだんですか? アゲハ  死んでないよ。 タツヤ  え? クロキ  え!? アゲハ  え?あれ?死んでないよね? タツヤ  え? クロキ  え??どっち?? タツヤ  いや、そういわれると・・・、どっちなんでしょう?? クロキ  どっちなんでしょう?って、自分のことでしょう? タツヤ  それはそうですけど・・・。 アゲハ  え?なんで?だってさっき聞いたとき自分で言ってたじゃん、生きてます、って。 タツヤ  うん、そうなんだけどね・・・、だってほら、よくあるじゃない、自分が知らないうちに死んでて、死んだことに気付かないままこの世をさまよっていた、とかそういう話。 クロキ  きゃー!! タツヤ  うわっ!びっくりした!! クロキ  もうやめてくださいよ、私そういう話苦手なんですから。 タツヤ  エンマ大王なのに?? アゲハ  てゆーかお兄さんってそういうオカルト信じるんだ、意外ー。 タツヤ  信じるも何も今まさにオカルト世界真っ只中だから。 アゲハ  で、お兄さん結局、生きてんの?死んでんの? タツヤ  いや・・・、どっちなんでしょう? クロキ  もー、しょうがないなー、えっと・・・どこにしまったかな・・・。 ―クロキ、ポケットなどを探り、非接触型体温計(のようなもの)を取り出す クロキ  あったあった。ちょっと額出して。 タツヤ  ?こうですか?? クロキ  (ピッとやる)はい、36度4分、平熱ですね。 タツヤ  いや、なんでこのタイミングで体温測ったの? クロキ  うん、まぁ、体温はついででね、アゲハちゃん。 アゲハ  はーい。(端末操作して)えーと、青木タツヤ、27歳、レンタルショップ、木材加工工場、宅配サービスと職を転々として、今はガソリンスタンドに勤めている、と。 タツヤ  え? アゲハ  趣味は演劇とスマホのゲーム。好きなテレビ番組は100分で名著。 タツヤ  ちょっと待って、ちょっと待って! アゲハ  嫌いな劇団は・・・。 タツヤ  ちょっと待てって!え?何?なんで俺の個人情報知ってんの? クロキ  これを使って読み取ったんです。 タツヤ  この体温計で?? クロキ  はい。で、アゲハちゃん、タツヤくんは・・・。 アゲハ  えーと、死亡履歴は・・・見つからないんで・・・、やっぱり生きてますね。 タツヤ  よかったー。. クロキ  いや、良くないよ。 タツヤ  え?なんで? クロキ  アゲハちゃんだめだよ生きた人間ここに連れてきちゃ。 アゲハ  すいません。でも、店長ならなんとかできるっしょ? クロキ  さすがにコレは・・・どうだろう? タツヤ  いや、あの、なんかマズイんですか? クロキ  うん、一応死後の世界だからさ、生きた人間に知られるとこう、色々厄介なことが起こることがあるんですよ。 アゲハ  あ!でも店長、死んでれば問題ないんですよね。 クロキ  そりゃそうだけど・・・。 アゲハ  だったら名案があります。 ―アゲハはける クロキ  アゲハちゃん? タツヤ  何する気でしょうかね? クロキ  さぁ? ―アゲハ、こん棒持って戻ってくる アゲハ  お待たせしましたー。 タツヤ  何か物騒なもの持ってきましたよ。 クロキ  アゲハちゃん、それは? アゲハ  生きてちゃダメってことだったんで、殺せばいいかな?って。 タツヤ  へ? クロキ  なるほどそれは確かに名案だ。 タツヤ  いやウソでしょう?冗談だよね?? アゲハ  大丈夫大丈夫、死んだら痛さ感じないから。 クロキ  まぁ死ぬまでは(はがいじめ)痛いんだけどね。 タツヤ  うわ!いつの間に!! クロキ  それじゃアゲハちゃん、ひと思いにやっちゃって。 タツヤ  いや待って、待って! アゲハ  はーい。それじゃ、せーの(振りかぶる) タツヤ  うわー! コハク  (声のみ)ちょっと待ったー! ―SE「秒針」 ―タツヤ、アゲハ、クロキの3人ストップ ―コハク登場し、アゲハのこん棒を奪い、タツヤの拘束を解く コハク  よしっと、それじゃ. ―コハク手を叩くとストップモーション解除 アゲハ  おりゃあー・・・、あれ? クロキ  おや? タツヤ  うわー・・・ん・・・?どうした?・・・助かった・・・のか? コハク  はい、ちゅーもーくっ! タツヤ  ん?(アゲハに)何か言いました? アゲハ  え?言ってないけど。店長じゃない? クロキ  いや、私じゃないよ。女の子の声だったよね? タツヤ  ええ。 コハク  こっちだよ、こっち! クロキ  ほらやっぱり、女の子の声だよ。 アゲハ  でもアタシじゃないし、タッツーが言ったんじゃないの? タツヤ  たっつー?え?俺??俺いつの間にタッツーになったの? クロキ  え?タッツーが言ったの? タツヤ  俺じゃないですよ、ていうかあだ名の共有早くないですか?店長までタッツーって…。 クロキ  君まで私のことを店長と言うのかい? タツヤ  あ、いや・・・。 コハク  こっちだよ、わたしわたし!! アゲハ  あ、また!もしかしてこれって、幽霊ってやつじゃない? タツヤ  幽霊? クロキ  きゃー! コハク  びっくりしたー、なによ急に・・・。 クロキ  もー、だからそういう話は苦手だからやめてって言ってるでしょ。 アゲハ  すいませーん。 タツヤ  いや、苦手にも程がありません?エンマ大王ですよね? クロキ  役職は関係ないでしょ。 タツヤ  「エンマ大王」って役職名なんだ。 アゲハ  ホント店長って怖がりだよねー。 タツヤ  そんなんでよくエンマ大王勤まりますね。 クロキ  え?なんで?? タツヤ  だってエンマ大王って幽霊の相手とかするんじゃないの? クロキ  ああ、違う違う、よく勘違いされるんだけど、私が相手しているのは幽霊じゃなくて魂だから。 タツヤ  ん?え?それって何か違うんですか? クロキ  全然違うよー、いいかい、魂っていうのはね・・・。 アゲハ  あー、店長その話長くなりますよねー。 クロキ  あ、う、うん・・・。 アゲハ  じゃあ立ち話もなんなんで、近くのスタバ行きません? クロキ  ああ、そうだね、ごめんね気が付かなくて。 タツヤ  いえ、大丈夫です。ていうか地獄にスタバあるんですか? アゲハ  うん、先週できたんだ。じゃ、こっちだから・・・。 ―三人、歩きはじめ、はけようとする。 コハク  ちょっと待って!私を無視するな! タツヤ  ん? クロキ  え? アゲハ  なに?? ―三人振り返り、コハクと目が合う 三人   あー! クロキ  え?いつ?いつからいたの?? アゲハ  かわいー!誰?店長の隠し子?? タツヤ  え?新キャラ登場?今度は座敷童子かな?それとも小鬼?? コハク  いや、あの、はいはい、ちょっと・・・。 ―三人に次々質問されつつ、もみくちゃにされるコハク コハク  ちょっと待って!みなさん、いったんおちついて!落ち着け!!ひとつずつ回答していくから。はい、じゃ、まずアナタ! クロキ  あ、はい、あのー、いつからいたのかなって思いまして。 コハク  お姉さんがこん棒振りかぶった時から。じゃ、次はお姉さん! アゲハ  お嬢ちゃん誰?もしかして、店長の隠し子?? コハク  コハクと申します、店長・・・さん?の隠し子じゃないよ。 タツヤ  コハク? コハク  じゃ、最後はそちらのお兄さん。 タツヤ  え?あ、えっと・・・、あの、コハクさんは・・・何ですか? コハク  何ですか・・・、とは? タツヤ  あ、いやあの、このお姉さんは鬼ガールで、こっちの店長さんはエンマ大王じゃないですか?だからあなたにもそういった役職というか肩書きみたいなものがあるのかな?って。 コハク  ああ、わたしは地蔵です。地蔵娘。 タツヤ  地蔵娘?? アゲハ  あ、地蔵ちゃんだったんだ。 クロキ  これはこれは、それならそうと早く言っていただければ・・・、で、本日はどのようなご用件で? コハク  なんか生きている人間が地獄に来ちゃったらしくて。 タツヤ  まぁ自発的に来たというより、勝手に連れてこ・・・。 クロキ  (遮って)あ〜〜〜…あ、そうなんですね、いやー、そんなこと、あるんですね、生きてるのに地獄に来ちゃうなんて。まったく、そんなうっかりさん、いるんですねー。 タツヤ  いや、店長、何言ってるんですか、これって俺・・・。 クロキ  (遮って)おー、おー、おーリオンをなーぞるー、こんな深いよーるー。 タツヤ  どうしたんですか急に!? クロキ  いやー、タイガーアンドバニー2、ネトフリ限定なんだって?私まだ観れてないんだよー。 アゲハ  あれ?店長ってタイバニ好きだったんですか? クロキ  え?言ってなかったっけ??ちなみに私のイチオシキャラはヒーローアカデミーの回に出てきた汗をたくさんかくヤツだよ。 アゲハ  いたっけそんなヤツ? クロキ  いたよ、(タツヤに)ねぇ。 タツヤ  いや、俺は知りませんけど。 アゲハ  そういえばさっき言ってた地獄に来た人間ってタッツーのことだよ、私が連れてきちゃったんだ。 コハク  あ、はい。 クロキ  ちょっとちょっとちょっとー!駄目だよアゲハちゃん。せっかく誤魔化していたのに。 タツヤ  あ!誤魔化してたんですか? アゲハ  え?なんで?? クロキ  だって、生きた人間を地獄に連れて来たのがアゲハちゃんって分かっちゃったら、私が怒られちゃうかもしれないでしょ?私、怒られたくないもの。 アゲハ  あそっか、何かすいません。 タツヤ  ていうか、それ、今ココでべらべら喋っちゃっていいんですか? クロキ  何が?? タツヤ  だって、バレたくないから誤魔化してたんでしょ? クロキ  うん。でももうバレちゃったからね。 タツヤ  だからってそこまで正直に言う必要あります?もっとうまい言い訳とかあるんじゃないですか? クロキ  いやー、無理だね。これ以上はウソでもつかないと。 アゲハ  え?店長、ウソつくんですか? クロキ  つかないよ!恐ろしいこと言わないでくれよ。 タツヤ  そんなに恐ろしい事でもないでしょう? アゲハ  わっ!タッツー、怖いもの知らず! タツヤ  ?何がですか? クロキ  あのねタツヤくん、地獄でウソをつくと、エンマ大王に舌を抜かれてしまうんだよ。まぁエンマ大王は私なんだけどね。 タツヤ  子供の頃におばあちゃんに聞かされたアノ話って本当なの?? アゲハ  当たり前っしょ、おばあちゃんがウソつくわけねーだろ!おばあちゃんナメんな! タツヤ  !何でキレたんですか? クロキ  タツヤくん、アゲハちゃんに謝って。 タツヤ  え?何でですか? クロキ  アゲハちゃんはお婆ちゃん子なんだよ。 タツヤ  いや、意味分かんないんですけど・・・。 クロキ  いいから、ホラ、とにかく! タツヤ  えぇ〜…、あ、あの、何かすみませんでした。 アゲハ  何が? タツヤ  何か…、気に障ること言っちゃったみたいで…。 アゲハ  はぁ!?アンタ自分の何が悪かったか分かってないでしょ? タツヤ  あ、いや…。 アゲハ  カタチだけ謝っとけば済むと思ってんの?サイテー。 タツヤ  ええ…。 クロキ  ちょっとタツヤ君、何やってんの? タツヤ  あの、謝ったんですけど、何か余計怒らせてしまったみたいで…。 クロキ  まったく、仕方ないな・・・ちょっと耳貸して。 ―クロキ、タツヤに耳打ちする。 タツヤ  え?何ですかそれ?? クロキ  (小声気味に)それ言っとけば間違いないから。 タツヤ  本当かなぁ・・・。 クロキ  本当に大丈夫だから! タツヤ  …ええと、この度は、おばあちゃんの言葉を信じていないかのような発言をしてしまい、申し訳ありませんでした。今後は分からないことがあったらヤフーではなく、おばあちゃんの知恵袋に頼り、三時のおやつはおばあちゃんのぽたぽた焼きを食べることをここに誓います。 アゲハ  ・・・仕方ないね。そこまで反省しているなら、許してあげる。 クロキ  良かったな、タツヤくん。 タツヤ  何ですか?コレ。 コハク  あの、そろそろ茶番終わらせてもらっていい? クロキ  ん?あ、すいません! タツヤ  すっかり忘れてた! アゲハ  ちっちゃくて視界に入ってなかったから? ―コハク、タツヤを殴る タツヤ  痛てっ!なんで俺だけ?? コハク  ちっちゃいっていうな! タツヤ  いや、言ったの俺じゃねぇし・・・。 コハク  生きている人間をアゲハさんが連れてきたという事は把握してるよ。別にそのことについてお咎めがあってきたわけじゃないし。 クロキ  そういえばそういう話でしたね、すっかり脇道にそれちゃって忘れてました。 タツヤ  誰のせいですか? アゲハ  タッツーのせいじゃない? タツヤ  俺ではない。 ―コハク、タツヤを殴る タツヤ  痛っ!何ですか急に? コハク  ちっちゃいっていうな! タツヤ  言ってねぇよ!今回は誰も言ってねぇよ。 クロキ  それではご用件というのは、もしかして・・・。 コハク  はい、この・・・たっつー?を元の世界に戻す様に指示されてきたのです。 タツヤ  指示された、って誰に? コハク  その・・・偉そうな人に。 タツヤ  偉そうな人? クロキ  いるんですよ、偉そうな人が。タツヤくんも見ると分かりますよ。「あ、偉そう」って感じますから。 タツヤ  そこはどうでもいいけど。 コハク  今回は勘違いだったようだから、偉そうな人も多めにみるって。次からは気を付けてって言ってた。 クロキ  はい、ご迷惑おかけしました。 コハク  それじゃ、さっそく・・・と行きたいところなんですが、ちょっと準備が必要なので、ちょっとだけ待ってて(端末出して何かしらの操作をする)。 タツヤ  あ、はい。 アゲハ  なんだやり直しかぁ、それじゃ店長、また行ってきまー・・・(端末見て)あれ?店長! クロキ  何だい? アゲハ  これ、どういうことですか? ―アゲハ、クロキに端末を見せる。 クロキ  うん?・・・あ!やられた! タツヤ  (気になって)何かあったんですか? アゲハ  何かね、本来連れてくる予定だった人がキャンセル扱いになってんの。 タツヤ  キャンセル扱いって・・・、え?生き返ったとかそんな感じですか? クロキ  いや、これは・・・。 コハク  異世界転生だね。 タツヤ  異世界転生?? アゲハ  うわー、マジかぁ〜。 タツヤ  え?異世界転生って、あの、ほかの世界に行ってチート能力を授かる感じのアレ?? コハク  うん、ここ最近の、死後の世界をおびやかす、あの異世界転生だよ。 タツヤ  死後の世界をおびやかすって、そんな・・・。 クロキ  うーん、タツヤくんはこの地獄に来て何か気付いたことはないかな? タツヤ  気付いたこと・・・?いや、特に無い・・・というか、何もないというか・・・。 アゲハ  そうそう、それそれ。 タツヤ  それって? コハク  あのさ、たっつーは地獄って聞いたらどんな場所をイメージする? タツヤ  地獄?そりゃあ、血の池地獄や針山地獄や灼熱地獄とかあって、亡者どもが呻き声をあげる阿鼻叫喚の世・・・界・・・? クロキ  どうやら気付いたようですね。 タツヤ  そういえば地獄っていう割に地獄っぽいもの何もないな。むしろ少し過ごしやすいというか。 コハク  最近はね、死後の世界の過疎化が進んでいるんだ。 タツヤ  過疎化? クロキ  だから少しでも条件良くしないといけないってなって・・・。 タツヤ  条件良く、って・・・、え?何?地獄の? クロキ  はい。 アゲハ  地獄なんて人気ないから、このままじゃ誰も来たがらないし、でも土地だって限られてるじゃん?だからこれまであった血の池とか針山とか全部つぶしてさ、今、商業施設とか作ってんの。おかげでスタバも出来たし、この前なんかコストコオープンしたし、来年LRTも開業するしで、アタシ的には大満足なんだけどねー。 タツヤ  え?何それ?もう全然地獄じゃないじゃん。何でそんなことになってんの?? アゲハ  みんな異世界に行っちゃうんだもん。 タツヤ  あ、そうか!死んだ後、地獄で苦しめられるかもって思ったら、異世界でワンチャン狙いたくなるもんな。でもあんなの引きこもりとかニートが選ばれるもんなんじゃないの? クロキ  それが最近はサラリーマンとか格闘技の達人とか、果てはどこかの国の大統領とか、とにかく見境なく転生されてるようなんですよ。 タツヤ  大変なことになってんだな、異世界。 コハク  それで相対的に死後の世界の人口が減ってるの。 クロキ  久しぶりにニューフェイスがやって来るかと思って期待したんだけどねぇ・・・。 アゲハ  間違ってタッツー連れてきたせいで・・・、ごめんね店長。 クロキ  ま、過ぎてしまったことは仕方ないですよ。また、次を探すとしよう。 アゲハ  はーい。 タツヤ  何かすいません、間違って連れてこられてしまって。 コハク  たっつーが謝ることじゃないよ。さて、準備も整ったし、行こっか? タツヤ  あ・・・、うん。 アゲハ  あ、そうだタッツー。 コハク  ちょっと、もう出発したいんだけど。 アゲハ  ちょっとだけだから…、タッツーはさ、この地獄に住んでみたいと思わない? タツヤ  え? コハク  ちょ、ちょっと何言いだすの?そんなこと出来るわけないじゃない。 クロキ  そうですよ、タツヤくんは生きていいるんですから・・・、あ、そうか。 アゲハ  (こん棒再び)うん、死んじゃえば問題ないもんね。 タツヤ  いやいや、嫌ですよ、せっかく生きてたんですから。ちゃんと元の世界に戻りますよ。 コハク  そうだよね。 アゲハ  ふーん、でもさ、タッツーが生きてた世界って、そんなにいいもんだった? タツヤ  何ですか?急に。 アゲハ  いや、ちょっとだけ気になってさ。仕事も何回も変えてるみたいだったし、タッツーにとってはいい世界じゃなかったんじゃないかな?って思って。 タツヤ  そ、そんなこと・・・。 クロキ  おっと、タツヤくん、誤魔化すのは構いませんが、ここでウソだけは言っちゃだめですよ。(ペンチ取り出して)私も仕事をしなくてはならなくなりますから。 タツヤ  ・・・。 コハク  ちょっと引きずり込もうとしないで。 アゲハ  そんなつもりはないよ。ただタッツーがどうしたいのかを聞いてるだけ。地獄っていっても昔のような拷問場所じゃないし、基本的に仕事とかはしなくていいし。 タツヤ  お、俺は・・・。 クロキ  そうですね、ま、贅沢な暮らしをしたいなら働くっていうのもありですが、それでもここにいるのは、浄化された魂ばかりですから、嫌な上司とかはいませんしね。 コハク  やめてください、いくよ、たっつー。 ―コハク、タツヤの腕を掴み引っ張るが、動かないタツヤ。 コハク  え?たっつー? タツヤ  ・・・ここは地獄、だからウソをつかれることはない、そうだよね、店長。 クロキ  はい、店長ではないですけどね。 コハク  たっつー? タツヤ  俺、ここに、住んでみようかな・・・。 アゲハ  ホントに? クロキ  やったね、アゲハちゃん。 コハク  ちょっと、たっつー!? タツヤ  コハクさん、せっかく迎えに来てくれたのにごめんね。 コハク  だめだよたっつー!ここに住むってことは死ぬってことだよ?そしたらもう戻れないんだよ?わかってるの? タツヤ  そんなこと、分かってるよ。 コハク  だったらどうして? タツヤ  さっきアゲハさんが言ってた通りだよ。俺にとって生きている世界はいいものじゃなかった。いろんなやつに騙されて、何やってもうまくいかなくて。駅にいたのも仕事やめて、実家に戻るところだったんだ。けど、戻ったところで何かが変わるわけじゃない。だから、どうせもう地獄に来てるんだったらそのままでもいいかな?って思って。 コハク  そんな・・・、でも・・・。 タツヤ  もう、決めたんだ・・・。 コハク  ・・・。 クロキ  そうですか、それは良かった。(帳面取り出して)それじゃ、この仮契約書にサインをしてもらえるかな? タツヤ  仮契約? アゲハ  うん、タッツーは地獄に来る予定なかったから正式な契約書はまだ用意できてなくてさ。 タツヤ  あー、なるほど。(サインする) コハク  待って! アゲハ  何?まだ何か用あんの? コハク  そこまで言うなら仕方がないね、でも、だったらせめて未練なんかないほうがいいよね。 タツヤ  未練なんかないよ。 コハク  今はそんなこと言ってるけど、よくいるのよ、死んでから「あ!そういえばやりたいこと、まだあったわ」ていう人が。だからコレ。 ―コハク、丸薬を取出し、タツヤに渡す。 タツヤ  何?? コハク  飲んで。 タツヤ  え?やだよ。こんなワケの分からないもの飲んで死んだりしたらどうするの? コハク  死んだりなんかしないよ。 アゲハ  ま、死んだとしても、その時はすぐココだしね。 タツヤ  あ、そうか。ていうか、何これ? クロキ  おや?これはまた珍しいものをお持ちで。 アゲハ  店長知ってんの? クロキ  ええ、これは「命の種」ですよ。 タツヤ  命の種?え?これ飲んだらHPの上限が上がったりとかするヤツ? クロキ  何ですかそれは?そうじゃなくてですね、人間誰しも、生きていく上で、生きる気力を維持する、いわゆる「生きる糧」を持っているものなんです。 アゲハ  「生きる糧」って、たとえば何? クロキ  そうですね、人それぞれですが、例えば、仕事終わりのビールが楽しみで生きているって人もいますし、守るべき家族のために頑張らなくちゃいけないって人もいます。ハンターハンターの最終回を読むまでは死ねないって人もいましたね。 アゲハ  最後のはよくわかんないけど。 コハク  その生きる糧って、自分にとって身近なものである程、人間って忘れちゃうみたいなの。 アゲハ  ああ、何でもないようなことが幸せだったと思う、的な? コハク  ?ちょっと、違う、かな? クロキ  それでその生きる糧を思い出させてくれるのが、その命の種なんです。 タツヤ  ふーん。 コハク  それを飲んでも何も思い出さなかったり、思い出してもまだ生きていたくないっていうんなら、もう引き留めても無駄だから好きにしていいよ。 タツヤ  思い出したところで気持ちは変わらないと思うけど、ま、危険なものじゃなさそうだし、それで納得してくれるんなら飲んでみるよ。 ―タツヤ、目を瞑って、丸薬「命の種」を飲む ―照明変更、(スポットA)タツヤ以外ハケる ―ゆっくりと目を開けるタツヤ タツヤ  …ん?何も思い出さない、かな・・・?うん、やっぱり何も思い出さない。ほら、これでいいんだろ?・・・あれ?みんなどこいった??おーい!・・・あれ?いつの間にか場所変わった?(辺りを探り)…ここ…どこだ??病院?? ―SE「ストレッチャーで運ぶ音」 タツヤ  今のは…、もしかしてこれは…。 ―タツヤ(ストレッチャーを追うように)移動、と同時に照明(スポットB)にスイッチ ―SE「扉が閉まる」 タツヤ  これは…、小学生の頃の記憶…、とするとあの扉の先にいるのは…母さん…。 (ここからクロキ→父、アゲハ→母、コハク→子供タツヤ、となります) ―照明、スポットBを残したまま、(エリアC) ―エリアC、病室前の扉 ―クロキとうつむいたコハクがリアに入ってくる クロキ  (ノックをしようとしてコハクを見る)タツヤ、そんな顔をするな。一番辛いのは母さんなんだ。だからお前だけでもいつも通りの元気な姿を、母さんに見せてやってくれ。な? コハク  (黙ってうなづく) クロキ  うん。(ノックして扉を開ける)入るよ…、おい、大丈夫なのか?寝てなくて。 アゲハ  …大丈夫…ごめんね…。 クロキ  謝ることなんか何もないじゃないか、お前が一番大変だったんだから…。 アゲハ  ごめんね…。 コハク  お母さん…。 アゲハ  タツヤ…、ごめんね…。 コハク  …お母さん…。 アゲハ  お兄ちゃんにしてあげられなくて…ごめんね、タツヤ…。 タツヤ  母さん…。あの日の、母さんだ…。 アゲハ  ごめん…ね…(泣く) タツヤ  謝らないでよ母さん。謝る必要なんかないじゃないか。誰よりも一番辛いのは母さんじゃないか。 アゲハ  (泣いている) タツヤ  小さかったあの頃の俺は、母さんの泣いている姿をただ見ていることしか出来なかった…。…?いや、違う。あの時の俺は、確か…。 ―コハク、アゲハに寄り添い コハク  お母さん、泣かないで。僕は大丈夫だから。妹には会えなくなっちゃったけど、その分、僕、頑張るから。お母さんがずっと笑っていられるように、僕、頑張るから。お母さんがもう悲しまないように頑張るから。だからお母さん、もう、泣かないで…。 アゲハ  タツヤ、ありがとう、タツヤ…。 ―アゲハ、コハクを強く抱きしめる ―ゆっくりとした暗転の後、元の照明に戻る タツヤ  はっ! アゲハ  あ、戻ってきた。 クロキ  何か、思い出しましたか? タツヤ  ああ、・・・うん。 コハク  それで、どうするの?やっぱり地獄に住むの? タツヤ  ・・・。 アゲハ  いいじゃん、住んじゃいなよ。 タツヤ  何で、忘れていたんだろうな・・・。いや、多分思い出さないようにしていたんだろうな。諦めるための言い訳のために・・・。 コハク  たっつー? タツヤ  店長! クロキ  え?あ、はい。 タツヤ  アゲハさん。 アゲハ  何? タツヤ  ごめんなさい、俺、まだ死ねません。 アゲハ  えー。 タツヤ  約束してたんです、母と。もう悲しませないって。なのに俺が先に死んじゃったら・・・。だから、もうちょっとだけ頑張りたいんです。ごめんなさい。 クロキ  そうですか…、うん、それならば仕方ありませんね。 アゲハ  久々に人増えると思ったのにー。…あ、でも店長!もう契約結んじゃったんじゃないの? タツヤ  あ、そういえば。 クロキ  契約?なんの話ですか? コハク  さっきその帳面にたっつーのサイン貰って、仮契約結んでたでしょう? クロキ  え?あ、いやー、契約は、結んでないですけどねぇ。 アゲハ  店長!嘘ついたら舌ぶっこ抜きだよ! クロキ  アゲハちゃん言い方が怖いよ・・・。 コハク  え?大丈夫なの?大丈夫ってことなの? クロキ  はい、大丈夫ですよ。 タツヤ  よかったー。 コハク  それじゃようやく(端末出して)、行くよ、準備はいい? タツヤ  はい。店長、アゲハさん、ご迷惑おかけしました。 アゲハ  気にするなって。 クロキ  元々はアゲハちゃんのせいなんだけどね。あと、私は店長じゃない! タツヤ  あ、そうでした。すいません、エンマ大王。 クロキ  いや、その、改めて言われるとちょっと恥ずかしいですね。 アゲハ  やっぱ店長でいいんじゃない? クロキ  そうですね、いや良くないですけどね!…それじゃタツヤくん、頑張ってくださいね。 タツヤ  はい、ありがとうございます。 アゲハ  コッチ来たくなったらいつでも待ってるから。 タツヤ  いや、待たないで下さい。 ―全員笑う コハク  それじゃ、もういい?いくよ、せーの! ―コハク、何かしらのスイッチを押す。 ―一瞬暗転(暗転の間にコハクとタツヤはけ) アゲハ  あーあ、行っちゃった。結局元の木阿弥、大丈夫なの?店長。 クロキ  ま、これまで通り、地道に連れてくるしかないですよ。それに・・・。 アゲハ  それに? クロキ  あんないい顔した人間、地獄には似合いませんから。 アゲハ  いい顔って、店長に比べたら大体みんないい顔っしょ? クロキ  そういうことじゃありませんよ、ていうかサラっとひどいこと言わないでくれます?さて、私は仕事に戻りますよ、何せ地獄は人手不足ですから…。(はける) アゲハ  あ、店長!(メール着信)ん?リクエストメールか・・・、仕方ないなー、アタシも仕事してくるか・・・、どれどれ、次は・・・神社の南の道沿い・・・、ん?南って下だよね。(はけながら)え?どうやって?どうやって行くの?? ―アゲハ、はける ―コハク、タツヤ登場(異空間を歩いている) コハク  そろそろ着くよー。忘れ物ない? タツヤ  大丈夫です。ていうか来るときはなんか一瞬だった気がするんですけど、帰りはこの、なんていうか…、歩く感じなんですね? コハク  ああ、地獄の子たちは最新の5G対応のやつ使ってるからね。 タツヤ  5G!? コハク  それに比べてこっちはISDN・・・。 タツヤ  ISDN!?!? コハク  たっつーが地獄に連れていかれたときも、気付くのは早かったんだよ?でも、回線速度が遅くてすぐに行けなかったんだよ。 タツヤ  いやー、さすがにもうちょっと早いの使った方がいいと思いますけどね・・・。それより、コハクさんて、以前どこかでお会いしたことないですか? コハク  え?ないと思うけど・・・、なんで? タツヤ  いや、何か見たことがあるというか、それに名前も…。 コハク  うーん、勘違いじゃないかな?わたし、地蔵娘だけどさ・・・。 タツヤ  あ、そういえばそういう設定でしたね。 コハク  設定言うな!…で、地蔵のひとつなんだけど、地蔵っていろいろ種類あるでしょ? タツヤ  いや、知らないけど。 コハク  知っとけよ!あるの!聞いたことあるでしょ、六地蔵とか、笠地蔵とか、トゲ抜き地蔵とか。 タツヤ  笠地蔵はカテゴライズしていいの? コハク  その数ある地蔵の中で、わたしは水子地蔵なんだ。だから多分会ったこととかもないんじゃないかな?って思う。 タツヤ  水子地蔵・・・?あ!・・・あのさ。 コハク  何? タツヤ  俺、妹がいたんだ。 コハク  いた?って、え?もしかして・・・。 タツヤ  うん。 コハク  (引き)イマジナリー妹? タツヤ  イマジナリーではない、引くな引くな!イマジナリーじゃないって。 コハク  だっていないじゃん!たっつーに妹なんかいないじゃん!今も昔も。 タツヤ  うん、ゴメン、言い方が悪かった。妹が「できるはずだった」んだ。 コハク  (引き)二次元の? タツヤ  二次元じゃな…だから引くなって!ヘンなイメージ植え付けようとするなよ。 コハク  だって・・・。 タツヤ  とにかく、話が先に進まなくなるから黙って聞いててくれないか? コハク  (黙ってうなずく) タツヤ  妹ができるはずだったんだ、結局、産まれてこなかったんだけどさ。 コハク  …。 タツヤ  まだ小さい頃の話でさ、で、あんまり良くないのかもしれないけど、産まれてこなかったとはいえ名前がないままじゃ可哀想ってことで、親は妹に名前を付けることにしたんだ。 コハク  名前・・・。 タツヤ  コハクっていう名前を。 コハク  え? タツヤ  もしかしてコハクさんって・・・。 コハク  うーん…、わかんない。 タツヤ  え? コハク  わかんないよ、だってわたしは物心ついた時からずっと地蔵娘だもん。地蔵娘になる前が、たとえ人間だったとしても、その時のことなんかわかんないよ。 タツヤ  そうか、そうだよな・・・。 コハク  でも・・・、家族か・・・。 タツヤ  ん? コハク  ずっと一人だったわたしには分からないけど、きっといいものなんだよね、家族って。 タツヤ  ああ・・・うん。 コハク  だとしたら・・・妹だったなら・・・少し嬉しいかな? タツヤ  え? コハク  (端末みて)あ、準備完了だって!それじゃ元の世界に戻すよー。 タツヤ  うわ、急にきた。ちょ、ちょっと待って。 コハク  ダメ、待てない。これ逃すと次の満月まで帰れなくなるから。 タツヤ  え?なんで?今日は別に満月の日じゃないよね?? コハク  それじゃ、まったねー。(スイッチ押す) タツヤ  うわあぁ〜〜・・・。 コハク  ばいばーい・・・。 ―暗転 ―駅前、冒頭と同じ姿勢でているタツヤ ―ビクッとなって目を覚ます(夢の中で高いところから落ちた感じで) タツヤ  うわっ・・・。ん?ここ、は・・・?駅か・・・なんだ、夢か、そりゃそうだよな・・・。ていうか今何時だ? ―タツヤ、携帯取り出す。が、その拍子に名刺が落ちる。(文字が消えかかってる) タツヤ  何だこれ?…エ…エン…マ…?…ちょっと読めないな、なんだろう?? ―その時、携帯にLINEの通知(バイブ音) タツヤ  わっ!え?あ、なんだ、通知か…。うわ、着信とかたくさんきてんじゃん、どれどれ…、なんだほとんどおふくろじゃん…、(かけ直して)あ、もしもし、うん、俺だけど…、あ、ごめん、そうだった。…いや、実はさ、今コッチ、戻って来てるんだ…、うん、なんとなく顔見たくなってさ…、え?何もないよ・・・あ、そういばさ・・・、あ、明日だったっけ?だったらちょうどよかった、俺も行くよ、墓参り・・・うん。え?今?駅だけど…平気だよ、さすがに道覚えてるから・・・、うん、うん・・・わかった、それじゃ。 ―電話を切り、歩き出すタツヤ ―すれ違いで女性(アゲハ)とぶつかる タツヤ  うわ! アゲハ  きゃっ!(持ち物落とす)ちょ、もーサイアク、周り見て歩いてよねー。 タツヤ  (拾いながら)ごめんなさい、(渡す)あれ? アゲハ  (受け取り)何? タツヤ  アゲハ・・・さん? アゲハ  はぁ!? タツヤ  あ・・・いや・・・。 ―そこにコハクやってくる コハク  お姉ちゃんごめん、待ったー…、どうしたの? アゲハ  この人とぶつかっちゃって。 タツヤ  本当にすみませんでした…あ…。 コハク  もう、お姉ちゃんがちゃんと前見てなかったんじゃないの? アゲハ  いやちゃんと前見てたし、スマホとか見てなかったし。 コハク  あ!やっぱりスマホ見てたんでしょ!…すみません、姉が迷惑お掛けして。 タツヤ  いや、そんなことは…。 コハク  ケガとかしてませんか? タツヤ  あ、いや、はい。それは大丈夫です。 コハク  よかった、じゃ、失礼します。 タツヤ  ああ、どうも…。 ―お互い一礼して別れる アゲハ  (去りながら)ていうかアタシのことももっと心配してよね。 コハク  お姉ちゃんは大丈夫だもん アゲハ  何それどういう意味よ。 コハク  それより、この前お姉ちゃんが言ってた古民家カフェってここじゃないかな? アゲハ  え?あ、そうかもー。何かカレーがすごく美味しいって話題の店なんだよ、今から行こっか? コハク  うん、行く行くー。 ―アゲハ、コハクはける。見送るタツヤ タツヤ  ま、人違いだよね、ていうか夢の中の出来事だし。…いいことない世界だけど、もうちょっと頑張ってみるか! ―タツヤ、はける ―クロキ登場、そのあとからアゲハとコハクも登場 クロキ  いやー、ヤバかったね、バレるとこでしたよー。 アゲハ  さーせん。 コハク  ナイスフォローだったでしょ? アゲハ  いやフォローになってたかな?かえって疑われたんじゃないの? コハク  なってたよ!ぷんぷん!! アゲハ  そんなことより店長。 コハク  そんなことって言われた・・・。 クロキ  何だいアゲハちゃん。 アゲハ  仮契約の件、アタシまだ納得できてないんだよね。だってあの時のタッツー、確かにサインしたはずじゃん。 コハク  そういえばわたしもそれ気になってた。 アゲハ  まさか店長、ウソついたんじゃ・・・。 クロキ  はっはっはっ、ウソなんかついてませんよ。コレを御覧なさい。 ―クロキ、帳面の仮契約の頁を見せる。しっかりとタツヤのサインが書かれている。 アゲハ  うん?やっぱりサインしてあるじゃん! コハク  え?じゃあウソ言ったの?店長、エンマ大王に舌ぶっこ抜かれちゃうよ。 クロキ  そのぶっこ抜きを行なうエンマ大王は私なんだけどね。それはひとまず置いといて、確かにタツヤくんのサインはココに書かれてます。でも、私はあの時、「契約は結ばれていない」といったのです。 アゲハ  何言ってんのこの人? コハク  さぁ?とりあえずぶっこ抜きでいいんじゃない? アゲハ  そうだね。 クロキ  ちょ、ちょっと待ってください。ウソじゃないですから。 アゲハ  みんなそういうんだよねー、あれはウソじゃないって。 コハク  大丈夫ですよ、すぐ済みますから。 クロキ  いや、待って!ちょっと聞いて!ここに確かにタツヤくんのサインはあります。ですが、こっち、ココ!ここに本来なら私共の法人印が押されてなきゃならないのですが、それが今回は押されてなかったんです。 コハク  地獄って法人扱いなんだ。 アゲハ  え?なんでハンコ押してなかったの? クロキ  うっかりしてて・・・てへっ。 アゲハ  店長うっかりミュージアム行き決定でーす。 クロキ  え?何それ?どこにあるの?うっかりミュージアムって何? コハク  知んない。 クロキ  えー・・・ま、いいや、とにかく、そういうことだから契約は結ばれてなかったんです。ウソもついてないんです。 アゲハ  店長ってそういう言い訳だけは上手いんだよねー。 クロキ  長年地獄にいますからね。 コハク  そっか、でも地獄ってまだ脱ハンコが進んでないんだね? ク・ア  何それ? コハク  え?知らないの?なんかコッチの、生きてる人の世界では脱ハンコが進んでるて聞いたよ?オンラインでの手続きをスムーズにするためとかで。 クロキ  へー。 アゲハ  実は地獄も脱ハンコが進んでて、その契約書有効だったりして、あはは…。 クロキ  … コハク  … アゲハ  …え? コハク  …大丈夫…だよね? クロキ  …ええ、多分…ですけど…。 アゲハ  ちょっと調べてみる?(端末取り出す) ク・コ  いやいや待って! クロキ  もうね、これをこうしてしまえばね。(契約書を破ってぽっけにしまう) コハク  そうだね、こうなっちゃったらね、無効だもんね。 ク・コ  あははは…。 アゲハ  どしたの二人とも? コハク  でもまぁ、とにかくよかった。 アゲハ  地獄の人手不足は解消されてないけどねー。そうだ地蔵ちゃんはどう?地獄に住んでみない? クロキ  またそんな手当たり次第に。 コハク  えー、わたしは・・・。 アゲハ  来年USJもできるんだよー。 コハク  え?USJってあのユニバーサルスタジオ・・・。 アゲハ  そうそう、ユニバーサルスタジオ・ジゴク。 コハク  ギリギリ知らないやつだった。 クロキ  あれってなんで地獄だけ英語じゃないんでしょうね? アゲハ  USJにしたかったからじゃない?? コハク  でも地獄だったらUSZじゃないの? クロキ  Zだとズィゴクになっちゃいません? コハク  あ、そうか…。 アゲハ  いいじゃんズィゴク。ユニバーサルスタジオズィゴク! クロキ  そうですか? ―みんなでワイワイはけて (幕)