『カナ』 作:伊佐場 武 【登場人物】 ミドリ: シズク: カナ : キノシタ: カール: カナモト: ―ミドリとシズクの家 ―シズクが宿題をやっている シズク  (書きながら)…なので、この作品はあまり好きでは、ありません。っと。よし、終わったぁー、超大作!まさか大学で読書感想文の宿題が出るなんてねー。(手の横みる)うわ、汚い!書きすぎてココ汚くなるの、小学生以来だよー。 ―シズク、手を気にしつつ、腕時計を見る。 シズク  え?もうこんな時間??お姉ちゃん帰ってきちゃうよ、とりあえず片付けて…、で、手を洗って、それから夕飯の準備しなきゃ。 ―シズク、片付けのあと、手洗いのため、上手奥にはける。 ―そこに、ミドリが帰ってくる。 ミドリ  ただいまー。…あれ?(奥に向かって)ただいまー! シズク  あ、お姉ちゃん?おかえりー、ごめん、宿題やってたらこんな時間になっちゃって、すぐ夕飯作るから待っててー。(はけ) ミドリ  うん、(見送りながら)簡単なので大丈夫だからねー。 シズク  (声のみ)分かったー。 ミドリ  さてと…、あれ?(玄関へ)あ、大丈夫だよ、入ってきて。 カナ   うん。 ―カナ登場 カナ   おじゃまします。 ミドリ  ごめんね、今シズクちゃん料理中だからちょっと座って待ってよっか。 カナ   うん。 ―カナ、ミドリ、座る。 ―が、ミドリ、すぐに立ち上がって、 ミドリ  あー!忘れてたー! カナ   どうしたの?何か忘れもの? ミドリ  うん、ちょっと、ね。 カナ   私、取ってこよっか? ミドリ  ううん、大丈夫。カナちゃんは座って待ってて。 カナ   え?でも…。 ミドリ  すぐ戻ってくるから。 ―ミドリ、はける ―カナ、しばらく座って待っているが、やることもないので立ち上がり、部屋をみて歩く。 ―そこにシズク、簡単な料理(たたききゅうり)を持って登場。 シズク  ごめんお姉ちゃん、とりあえずこれ先につまんでて。遅くなるのもあれだからレトルトにしようと思ったんだけど、やっぱりそれだけじゃ味気ないからポテトサラダでも作って…。 ―カナと目が合うシズク シズク  誰?? カナ   カナです。 シズク  カナさん?? カナ   はい。 シズク  え?誰??え?…あ!ああーはいはい、…あのー、お姉ちゃんの知り合い…で すか? カナ   お姉ちゃん…?あ、ミドリさん。はい、知り合いです。…あ、いや知り合いというのとはちょっと違うのかな?ええと…、なんて言ったらいいのかな?…その…家族のような…? シズク  え? カナ   ん? シズク  か…家族…? カナ   はい。 シズク  お姉ちゃんと?? カナ   はい。…そんな感じだといつも言われているのでおそらく…。 シズク  んん?? カナ   あ、いや、家族といってもあれですよ、血のつながりがあるとかそういうのじゃなくて…何だろう?どう言えばいいのかな…。 シズク  あー! カナ   どうしました!? シズク  そっか、そういうことか、それならそうだとハッキリと言ってくれればいいのに…、(カナを見て)そっかー、お姉ちゃんがねー、なるほどねー。 カナ   あの、何でしょうか? シズク  あ、ううん、大丈夫だよ、私は理解あるから。私は理解あるほうの人だから…。 カナ   はあ…。 シズク  あれ?そういえばお姉ちゃんは? カナ   何か忘れ物したみたいで、すぐ戻ってくるそうです。 シズク  相変わらずおっちょこちょいだなー。カナさん、あんな姉ですが、フォローしてやってくださいね。 カナ   え?あ、はい…それより、理解って、理解あるほうって何のこと…。 シズク  (遮って)大丈夫大丈夫!でも、そっかー、え?そうなると私にとってはお姉ちゃんが二人になるってことなのかな?続柄はどうなんの? カナ   お姉ちゃんがふたり?…いやあの…。 シズク  あ!じゃあお祝いにふさわしい何か作ったほうがいいよね。まったくお姉ちゃんは、あらかじめ言ってくれれば何か準備したのになぁ…。そうだな、今からじゃさすがにケーキは難しいかな…。(はけ) カナ   いや、ちょっといいですか?ちょっと、ちょっと待って! ―シズク、ぶつぶつ言いながらカナの呼び止めに応じず奥の部屋にはける カナ   …よく分かんないけれど絶対何か勘違いされたと思う。 ―ミドリ、本(取扱説明書)を持って戻ってくる ミドリ  ただいまー。 カナ   お帰りなさい。 ミドリ  ごめんねー。何かあった? カナ   先ほど妹さんが…。 ミドリ  あ!たたききゅうり!いっただっきまーす。 カナ   あ! ―ミドリ、きゅうり食べる カナ   まだ手を洗ってないのに…、まったく、子供じゃないんだから。 ミドリ  だってたたききゅうり好きなんだもん…ん、美味しい!今日のはよくたたけてるね。食べる? カナ   いい、いらない。 ミドリ  えー、美味しいのに…、…そういえば何話してたんだっけ? カナ   え?あ、そうだ!先ほど妹さんが…。 ―シズク登場 シズク  あ、お姉ちゃん帰ってきてたんだ。 ミドリ  うん、ただいまー。あ、そうだ、紹介するね、この子…。 シズク  カナさん、だよね。 ミドリ  え?何で知ってるの? シズク  さっきお姉ちゃんがいないときに…。 ミドリ  は!さては私が寝ている間に、脳波を読み取り、発信する何かしらの装置を私の頭に植え付け、思考を読み取ったということね! シズク  違うよ!ていうか何その装置、怖いんだけど。 カナ   そうじゃなくて、さっきミドリさんが…。 ミドリ  しかもその装置に何らかの電波を受信させることで私の行動をも操ろうとしているのね! シズク  そうじゃないって! カナ   話を聞いて! ミドリ  すでにカナはやつらの手に落ちたということか! カナ   そんなことないから。 シズク  やつらって誰よ。 ミドリ  くそ、そんな電波ごときで私を操れると思うな!そしてたとえ最後の一人になろうとも、私は戦い続ける!この世界、お前たちの好きにできると思うな! シ・カ  話をきけー! ―シズクとカナ、ミドリをたたく ミドリ  痛てっ!…は!…あ、ごめん寝てた。 シズク  寝てた?? ミドリ  あれ?家だ、何で?? カナ   何で?って、さっき帰ってきたじゃないですか。 ミドリ  さっき??あ、ごめん、それ寝ぼけてたんだわ。 シズク  寝ぼけ?え?うそ、え?いや、どこから?? ミドリ  どこからって? シズク  どのタイミングから寝ぼけはじめてたのよ。 ミドリ  いやよく分かんないけど…、最初から? シズク  最初ってどこ?? カナ   仕事場を出るあたりからですかね? ミドリ  うん、多分そんな感じ。 シズク  え?じゃ何??さっきまでのお姉ちゃんの行動はずっと寝ぼけと寝言で構成されていたってワケ?? ミドリ  そうなるのかな? シズク  いや、ウソでしょう?かなりはっきりと喋ってたよ。 カナ   たたききゅうりも食べてたし。 ミドリ  たたききゅうり?あ、本当だ!いっただっきまーす…ん、美味しい、今日のはよくたたけてるね。食べる? カナ   さっきとまったく同じ行動だ。 シズク  じゃ、本当に寝ぼけてたの?信じらんない。 ミドリ  ここのところ忙しかったからねー、疲れてたのかもしんない。 シズク  う、うん。まぁ、お姉ちゃんがそれでいいならいいよ。 ミドリ  あ、そうだ!まだ紹介してなかったね、この子…。 シズク  カナさんでしょ? ミドリ  え?何で知ってるの?あ、さては…。 シズク  脳波を読み取る装置とかつけてないからね! ミドリ  …は? シズク  電波で操ったりとかしないから! ミドリ  …。 シズク  …。 ミドリ  …シズクちゃんが痛い子になった…。 シズク  いや待って!その評価は心外。 ミドリ  大丈夫。私は理解あるから。私は理解あるほうの人だから…。 シズク  やめて、イメージ定着させないで。そもそもこれは私発信じゃなくて…。 カナ   そうよね、シズクちゃん、これから一緒に世の中の色々を学んでいこう。私も一緒に頑張るから、そうすれば分かると思うの、電波で操るようなヤツなんていないってことが。 シズク  いや、フォローになってない!カナさんもさっき一緒にやってたから分かってるでしょう?お姉ちゃんが寝言で言ってたことだって。 カナ   そうでしたっけ?てへ。 ミドリ  寝言って何? シズク  さっきまでアンタが口走ってたタワゴトのことだよ! ミドリ  …怒ってる? シズク  怒ってない!ただちょっと不快なことがあって、我慢できない気持ちを表しているだけ! カナ   怒ってますね。 ミドリ  そんなことよりシズクちゃんに重大な発表があるの。 シズク  そんなこと、って言われた…、何よ。 ミドリ  このカナちゃんには、実は重大な秘密が隠されているのです。 シズク  重大な秘密ぅ…?(思い出して)あ! ミドリ  何? カナ   どうしたの? シズク  (二人を交互に見て)うんうん、そうだよね。あ!それじゃ、私のほうも準備してたものあるから、ちょっとだけ待ってて。 ミドリ  準備? シズク  うん、すぐだから。 ―シズク、上機嫌で下手へハケる ミドリ  ?居ない間に何かあった?? カナ   いえ、特には…。あ、でも何か勘違いしてるようなフシがあったよ。 ミドリ  勘違い? カナ   うん。なんか「私は理解あるほうの人だから」とか言って…。 ミドリ  理解があるほうの人?え…、何の?? カナ   さぁ…? ―シズク再登場、ケーキを持って登場 シズク  おめでとー! ミドリ  わ!ケーキ! カナ   すごーい、手作りですか? シズク  そう、時間がなかったからシフォンケーキに生クリームつけただけのなんちゃってだけどね。 ミドリ  それでもすごいよー。 カナ   え?私達がきてからの、この短時間で作ったんですか? シズク  うん。 カナ   いや、早すぎないですか? シズク  そうかな?でも、やっぱりお祝いの日はケーキがないとね。 ミドリ  そうだね。で、何のお祝い? シズク  もう、ここまできてしらばっくれなくても大丈夫だよ。 ミドリ  いや、本当に分かんないんだけど。 シズク  分かってる。私は理解あるから、理解あるほうの人だから。 カナ   いや、その、何に対しての「理解」なんですか? シズク  だから、お姉ちゃんとカナさんの、同性婚に対しての。 ミ・カ  …は? シズク  大丈夫大丈夫、理解あるから。あ、そういえば鹿沼市はね、同姓婚届、受け付けてるんだって。 ミ・カ  いやいやいや! カナ   やっぱり勘違いしてた。 ミドリ  それも結構なレベルの勘違い。 シズク  そんな恥ずかしがらなくても大丈夫だよ、今はそういう時代なんだから。 ミドリ  いや、恥ずかしがっているとかそういうんじゃなくて。 カナ   ていうか何でそうだと思ったんですか? シズク  だって、お姉ちゃんとカナさん、家族だって言ったじゃない。 ミドリ  え? カナ   あ! シズク  異なる人生を歩んできた二人が家族になる、それはすなわち結っ婚! カナ   すいません、誤解の原因は私の言葉でした。 ミドリ  シズクちゃん、私とカナちゃんはそういう関係じゃないよ。 シズク  え?でも家族だって。 ミドリ  それはね…。 シズク  はっ!そうか、カナさんは実は、隠し子なんだね! ミドリ  違う! シズク  じゃあギブ。 ミドリ  ギブって何よ…。 カナ   勝手にチャレンジして、勝手に挫折したようです。 シズク  えー、じゃあ何―?カナさんて何なの?新手のUMA? カナ   それはさすがにヒドいです。 ミドリ  カナはね、私が作ったアンドロイドなの。 シズク  アンドロイドぉ?? カナ   はい。 ―シズク、カナをじっくりと見回し、 シズク  いや、それはさすがに信じられないよ、隠し子のほうがまだ現実味あるもん。 ミドリ  でも、本当なの。ホラこれが取扱説明書。 ―ミドリ、分厚い取扱説明書をシズクに渡す。 シズク  重っ…、(説明書とカナを見比べ)…確かに同じだけど…、ん?製造元、カナモト製作所?ってお姉ちゃんの働いているところ? ミドリ  そう、うちで作った、っていうか私が作った。 シズク  ええ?何で??お姉ちゃんの職場ってこういうの作るところだったっけ? ミドリ  ううん。普通にドラム缶作ってる会社だよ。 シズク  いや、じゃあ何で? ミドリ  実は先日、こういうことがあってね。 ―回想 ―カナモト登場 ミドリ  あ、社長! カナモト お、ミドリくんお疲れ。 ミドリ  ちょっと社長にお願いしたいことがあるんです。 カナモト おお、何でも言ってみたまえ。 ミドリ  アンドロイド作っていいですか? カナモト は? ミドリ  アンドロイド作っていいですか? カナモト え?あ、いや…アンドロイド?? ミドリ  はい。 カナモト え?何で?? ミドリ  ヒマなんで。 カナモト ヒマ? ミドリ  はい。ラインの完全オートメーション化に加え、材料、製品の自動管理化、IoTを使った自動受発注システムの構築まで完了させたので正直何もやることがありません、ヒマなんです。 カナモト そ、そうか、で、何でアンドロイド? ミドリ  作りたいんです。作っていいですか?アンドロイド。 カナモト ああ…うん…。 ―カナモト去る ―回想終了 ミドリ  ということがあって…。 シズク  どんだけ深い理由があるのかと思ったらヒマになったからやりたいことやったってだけか。 カナ   そして出来上がったのが私です。 シズク  そこが急なんだよね、何で作れちゃってるわけ?それに普通アンドロイドとかっていうと「ワタシハカナデス」みたいな、なんかカタカナで喋るようなイメージなんだけど。 ミドリ  えー、何かありがちー。 シズク  ありがちな話をしたんだよ。 カナ   それは差別ですよ、アンドロハラスメントで訴えますよ。 シズク  アンドロハラスメントって何よ、語呂悪いわ。 ミドリ  まぁ、できちゃたもんは仕方ないじゃない。 シズク  作っといてその言い草はおかしい。 ミドリ  とにかくさ、今までは家の中のこと全部、シズクに押し付けちゃってたけど、これからはカナがやってくれるから…。 シズク  え? ミドリ  勉強もそうだけど、友達と遊んだり、もっと学生っぽいこと。シズクにやってもらいたいんだ。 シズク  …。 カナ   あ、大丈夫ですよ、家事全般こなせるようにプログラムされてますから。もちろん分からないこととかあると思うけれど、その時は教えてもらって…。 シズク  …何で? ミドリ  ん? シズク  何でそんな勝手なことするの? ミドリ  勝手なことって…。 カナ   シズクさん、ミドリさんはあなたのことを考えて…。 シズク  考えてなんかないよ! ミドリ  シズク…? シズク  私が家事をやりたくないなんて言ったことある?友達と遊べなくて辛いなんて言ったことある? ミドリ  それは、確かに言われたことないけど、でも大学生なんだから普通は…。 シズク  普通って何?いつも好き勝手やってるお姉ちゃんに、私の普通が分かるの? ミドリ  それは…。 カナ   でも、ミドリさんは少しでもシズクさんの負担を軽くしようと思って…。 シズク  そんなこと頼んでないじゃない!私の居場所を奪わないでよ!お姉ちゃんはいつもそうやって好き勝手やって、だから私は家に居場所を作るしかなくて、やっと居場所が出来たと思ったのに、何で今度はその居場所を奪おうとするの?人の気持ちも考えないで、ここにしかない私の居場所を奪って放り出して、自由にどうぞって、そんな簡単にできるワケないじゃない! ミドリ  シズク…。 カナ   シズクさん…。 シズク  (カナに)出ていってよ!アンタなんかいらない、出て行ってよ! カナ   シズクさん。 ミドリ  ごめん、シズクちゃん。でもカナは悪くないから、私は何を言われても構わないから、カナに酷いこと言わないで…。 シズク  ずるいよ…、そんなの…。 ―シズク、静かに泣く ―重い空気 ―そこにキノシタ、空気をぶち壊すように勝手に入ってくる。 キノシタ お邪魔しますわ!あーらミドリさん、こんなところでお会いするなんて偶然ですわね! ミドリ  偶然もなにも、ここは私の家だよ。アンタこそ何でここにいるのよ!今ちょっと取り込み中だから出ていってくれる? キノシタ そうはいきませんわ!アナタの会社で独自にアンドロイドを作り上げたというウワサを小耳に挟んだものですから、その事実確認をするためにわざわざこんなところまでやってきましたのよ。手ぶらでなんか帰れませんわ。 ミドリ  ったく仕方ないなぁ…、それじゃ…(回り探して)、じゃ、そこの小皿のやつ。 キノシタ 小皿?これがどうかしましたか? ミドリ  あげる。 キノシタ …(小皿を手に取り)何ですの?これ。 ミドリ  たたききゅうり。 キノシタ そんなのは見れば分かりますわ!何のつもりでこれを差し出したのかを聞いてますの! ミドリ  手ぶらじゃ帰れないっていうから…。 キノシタ そういう意味じゃありませんの!こんなもの渡されて、はいそうですか?と帰れるワケないじゃありませんか! ミドリ  こんなものとは何だ!今日のたたききゅうりはすごくよくたたけてるんだぞ!本当だったら渡すのは惜しい、でも手ぶらじゃ帰れないっていうし、こっちは取り込み中だから早く帰ってもらわないと困る。だから仕方なく、本当にもう断腸の思いでこのたたききゅうりを渡したというのに…。それをこんなものと言うなんてどういうつもりだー! キノシタ ごめんなさい、ごめんなさい。いや、そのそういうつもりじゃなくて、そういう意味での、あの、こんなもの、っていうんじゃなくてですね…、その…。 シズク  お姉ちゃん! ミドリ  あ、シズク。ごめんね、すぐ、すぐに追い出すから、ちょっとだけ待ってて。 シズク  そんなに…。 ミドリ  ん? シズク  そんなに美味しかった?今日のたたききゅうり。 ミドリ  え?あ、ああ。それはもう、今日のは最高だった、今世紀最高のたたき具合だったんじゃないかな?(カナに)ね! カナ   ああ、そうですね、そういえばずっと食べてましたもんね。文字通り寝ても醒めても…。 ―シズクの様子をおそるおそる伺うミドリとカナ シズク  (嬉しい)へへ…。 ミドリ  (小声で)よしっ! カナ   (小声で)機嫌、直ったみたいですね? ミドリ  (小声で)うん、よかったー。 シズク  お姉ちゃん! ミドリ  は、ひゃい! シズク  そのひと誰? ―シズクの視線の先に、キノシタ ミドリ  ああ、この人は私の友人という名のストー(カー)…。 キノシタ (遮って)よくぞ聞いてくださいました!まぁ私のような輝く存在が、あなた方のような庶民の目に触れた時点で、知的好奇心がくすぐられるのは当然といえば当然の反応ですが…。 ミドリ  あー、やっちゃった…。 キノシタ 私は、あの超一流メーカー、KEGにおいて、狭き門である最先端次世代研究チームに所属し、若くして主任の座についた、超天才研究員、キノシタと申します。 カナ   自分のことを超天才ていうと途端にバカっぽく聞こえるのは何でなんでしょうね? シズク  …KEG…? ミドリ  ごめんねシズクちゃん。すぐに追い出すから…。 シズク  え?え?KEGって、あの、カールエンジニアリングのこと?? キノシタ そうですわ。 ミドリ  知ってるの? シズク  当たり前でしょ、「世界の産業の礎に。カールエンジニアリング天気予報」のカールエンジニアリングだもん。…え?そこの最先端次世代研究チーム??そこって何年か前まで宇宙エレベータとか、ルナリングプロジェクトをやってたところですよね? キノシタ あら、よくご存知ね。 シズク  そのチームの主任さん…、すごいすごーい!え?何で??何でそんなすごい人とお姉ちゃんが知り合いなの? ミドリ  大学時代に同じ研究室にいたってだけだよ。 キノシタ あの頃は素晴らしかったですわ!私とミドリさんでいろんなものにチャレンジして…。 ミドリ  どれもこれも専門外じゃないかって、教授にはしょっちゅう注意されてたんだけどね。 キノシタ 専門なんて関係ありませんわ、やりたいことにチャレンジする、それが学生に与えられた自由という名の特権なのですから。 ミドリ  まぁさすがに、卒業研究の仕上げとして人工衛星打ち上げようとしたときには全力で止められたんだけどね。 キノシタ いい思い出ですわ。 シズク  常識はずれのスケールが違いすぎる。 カナ   似たもの同士だったんですね。 キノシタ 人工衛星は打ち上げられなかったものの、無事卒業した私達は共にKEGの研究者として採用され、更なる飛躍を遂げるはずでした…。 カナ   え?共に?? シズク  お姉ちゃんもカールエンジニアリングに行く予定だったの? ミドリ  う、うん。まあね…。 キノシタ 今でも忘れませんわ。入社前の2月の説明会のあと、あなたは突然こんなことを言い出したのよ! ミドリ  「海外研修に行きたくないので辞めます。外国の虫が怖いから」 シズク  …え? カナ   ええー! キノシタ 信じられます?KEGでは入社後の2ヶ月間、独自の海外研修を行なっておりますの。そんなこと、ミドリさんだってご存知だったはずじゃありませんか? ミドリ  うっかり見落としてた。てへ キノシタ そんなワケないでしょー! シズク  …お姉ちゃん…。 キノシタ 納得のいかなかった私は、ミドリさんの仕事場をつきとめた。それから何度もミドリさんの元に伺い、共に研究したいと申し出ましたが、決して首を縦に振ってくださいませんでした。 ミドリ  だって今さら行っても役に立てるとは思えないし、今の社長にもお世話になってるし…。 キノシタ あなたの才能は、あんなドラム缶工場でのみ活かされるものではありませんわ!もっとグローバルに活躍すべきですわ! ミドリ  そんなこと言われても、ねぇ…。 キノシタ 決して首を立てに振ってくれないミドリさんを見ているうちに、いつしか私は悟ったのです。ミドリさんに裏切られたのだと。 ミドリ  いやそんな大げさな…。 キノシタ 私は裏切られたその怒りを研究にぶつけ、数々のプロジェクトを成し遂げ、主任の座につき、ようやく念願だった研究にチャレンジすることができるようになりましたの。 カナ   念願だった研究、ですか? キノシタ アンドロイドの開発ですわ! カナ   あら。 キノシタ 私達のアンドロイド、試作第一号が完成しようという時、ひとつの噂が聞こえてきましたの。ひそかにアンドロイドを製作している小さな町工場がある、と。もちろん、町工場ごときがそんな簡単に作れるはずがない、気にする必要はない、と思っておりました。ですがその町工場の名を聞いたとき、自身の考えを改めざるを得ませんでした。その町工場の名は! カナ   町工場の名は? キノシタ カナモト製作所! カナ   な、何だってぇー! キノシタ あのミドリさんを奪った憎きドラム缶工場が、今度は私達のプロジェクトであるアンドロイド開発にまで手を出した!おのれカナモト製作所!またも私の前にたちはだかろうというのかァ! ミドリ  いやそんなつもりはないんだけど…。 キノシタ そして今日、カナモト製作所にてアンドロイドが完成したという情報が入ってきましたの。だからはるばるココまでやってきましたのよ。くだんのアンドロイドがココにあることはもう調査済み、言い逃れは出来ませんわ! ミドリ  別に言い逃れしようとか考えてないけどね。えっと…。 シズク  あの…。 キノシタ ?何? シズク  キノシタさんのところでもアンドロイド作ってたんですよね? キノシタ ええ、もちろん。 シズク  そのアンドロイドは今、あるんですか? キノシタ そんな企業秘密ともいえるようなシロモノをこんなところにホイホイ持ち出したりなんかしませんわ。なぁに?見たいの?そんなコト言われてもダメよ。そこを何とか?ムリなものはムリなの。 シズク  いや、何も言ってません。ないなら別にいいです。 キノシタ 仕方ないわねぇー、そこまで見たいって言うんなら、本当はダメだけど、そんなに見たいって言うんなら、ミドリさんの妹さんっていうよしみで、たまたま、本当にたまたま今日は持ってきていたことを、今、思い出したから、特別に見せてあげるわ。 ミドリ  持ってきてんじゃん。 キノシタ 本当に特別よ。こんなサービス、滅多にないんだからね! シズク  いや、別にそこまで見たいわけで…。 カナ   シズクさん、しっ!…本当は見せたくて仕方なかったんですよ。ここは、ね? ―シズク、無言で大きくうなずく キノシタ それでは入ってらっしゃい!KEG製試作アンドロイド、カール1号! ―カール登場 三人   おおー! キノシタ カール1号、挨拶! カール  コンニチハ カール イチゴウ デス。 カナ   あ、カタカナっぽい喋り方! ミドリ  ありがちなやつ! シズク  やっぱこうでなきゃ。 キノシタ 驚いたようですわね。 ミドリ  命令すると芸をやるような感じ? キノシタ ええ、高度なAIを…、芸ってなんですの!作業とおっしゃってくださらない! カナ   どんな芸ができるんですか? キノシタ だから芸じゃなくて、さ・ぎょ・う! シズク  カール、お手! カール  ハイ(お手する) キノシタ 芸をやらすな!お前もやるなよ! カール  スイマセン…。 キノシタ このように高度なAIで言葉を理解し、作業することができますの。人間ができるようなことなら一通りできますわよ。 カナ   普通の人間はお手とかするんですか? ミドリ  さぁ? シズク  ものまねとかもできるの? キノシタ もちろん!得意中の得意ですわ。 シズク  へー…。カール、ペッパーのものやって。 キノシタ ちょ、ちょっと待って! シズク  何ですか? キノシタ アンドロイドにロボットのものまねさせて何が楽しいんですの? シズク  いや、できるかなぁ?と思って。 キノシタ できますけど、もっと、何ていうか有意義というか無茶振りというか、そんな感じのものまねのほうがいいんじゃありません?ほら、何でもできますから。 ミドリ  え、じゃあどうする? ―三人で相談はじめる シズク  …これとかどう…? ミドリ  …じゃあ、これも入れてさ…。 カナ   …あ、で、ここにこれがきて…。 シズク  …うん、いいんじゃないかな? キノシタ 決まりました? ―カナ、シズク、前に向き直る シズク  はい。それじゃいくよ、カール。 カール  ハイ。 シズク  (無茶ぶり) カール  (ものまねをやる、そして落ち込む) 四人   おおー。 ミドリ  すごいすごい。 キノシタ いかがかしら?カール1号の実力は。 シズク  うん、すごいと思った、度胸が。 カナ   むしろあのクオリティでやるの無理だもんね。 ミドリ  あー楽しかった。それじゃまたね。 シ・カ  ばいばーい。 キノシタ ふふふ…、それではごきげんよう。 ―キノシタ、カールをつれてはけようとするが、すぐ戻る キノシタ 違いますわ! ミドリ  わぁ、びっくりした。 シズク  まだ何か用ですか? キノシタ まだも何もこちらの用事を果たせてませんわ! ミドリ  こちらの用事? キノシタ あなたのアンドロイドをまだ見せていただいてませんわ! ミドリ  え?もう見せてるよ?ねえ。 キノシタ え? シズク  うん、ずっといるよね。 キノシタ は? カナ   意外とおっちょこちょいなんですね。 三人   ははは…。 キノシタ いや、何の話ですの?私はまだ見てませんわよ? ミドリ  見てるって。カナ。 カナ   はい。 ―カナ、一歩前へ キノシタ ?何ですの?? ミドリ  はい。 キノシタ いや、何ですの?? ミドリ  見せた。 キノシタ 何を? ミドリ  アンドロイド。 キノシタ え? ―間 キノシタ えぇー!これが?え?ウソでしょう?だってすごい普通に喋ってましたわよ?カタカナじゃありませんでしたわよ!? シズク  ね?ホラやっぱりアンドロイドはカタカナなんだよ。 キノシタ それにちっちゃいし…。 カナ   大きさは関係なくないですか? ―キノシタ、カナとシズクを見比べて キノシタ え?あなたもアンドロイド? シズク  何見てその判断した? ミドリ  シズクは妹。アンドロイドはカナだけだよ。 キノシタ そんな…、そんな…。 シズク  キノシタさん? キノシタ そんな…、そんな言葉が流暢なだけがアンドロイドの利点ではありませんわ!ミドリさん、あなたのアンドロイドと私のカール1号で、勝負よ! ミドリ  えー。どうするー? カナ   早口言葉対決とかだったらいいですけど。 ミドリ  あ、それいいね。じゃそれで。 キノシタ 喋り関連はダメよ。 シズク  早口言葉だったら別に流暢じゃなくても正確に言えればいいんだから大丈夫じゃない? キノシタ ええ?ちょっと待ってよ…。 ―キノシタとカール、アイコンタクト キノシタ ダメです。 ミドリ  え?何で?? キノシタ ダメです、とにかくダメです。 シズク  じゃあ、勝敗関係なくとりあえず一回やってみたら?ね? カナ   うん。 キノシタ ダメ!ダメです、ダメなの!追い込まないで! ミドリ  じゃあ何にする? シズク  柔軟対決とかは? カナ   えー?あんまり自信ないです…。 キノシタ どう?いける?? カール  ダイジョウブデス。 キノシタ よし、じゃあそれで。 ミドリ  でもアンドロイドに柔軟性とかってあんまり関係なくない? キノシタ 問答無用ですわ!それじゃ準備よろしいかしら?スタート! ―前屈するふたり ―カール、負ける(全然曲がんないくらいがいい) ミドリ  ダメじゃん。 キノシタ さっきの自信はなんだったんですの? カール  イケルトオモッタンデスケド…。 キノシタ 次行きますわ! ミドリ  まだやるの? キノシタ 三本勝負ですわ!それじゃ今度はこっちが選ばせてもらいますわ。次はロングブレス対決ですわ。 シズク  早口言葉はダメなのにロングブレスは大丈夫なの? キノシタ ええ。それじゃスタートといったら「あー」と発声してください。長く続いたほうの勝ちですわ。 ミドリ  これもアンドロイド関係ないような気がするんだけれど。 キノシタ それじゃいきますわよ。呼吸を整えて、スタート! ―発声するふたり ―カール、負ける ミドリ  やったー。勝ったー。 シズク  どこに勝算感じてこの対決挑んできたんですか? キノシタ 小さいから肺活量も少ないと思って…。 カナ   三本勝負で二勝したから私達の勝ちですね。 キノシタ 悔しいですわー、きぃー! カール  マケ…タ…マケ、マケ…マケ…タ…? ―カール、片膝をつくような姿勢で止まる キノシタ カール1号…? カール  …。 ミドリ  どうしたの? キノシタ おかしいですわ、何かエラーが…。 ―キノシタ、タブレットでカールのチェックをする ―が、その時、カール立ち上がる カール  キンキュウジタイハッセイ、フェーズ2ニイコウシマス。 キノシタ え? ―カール、体内に仕込まれていたピストルを取り出す。 カール  カールイチゴウハ、イカナルバアイモマケテハイケナイ。ターゲットカクニン。 ―カール、カナに銃口を向ける。 カール  ハイジョシマス。 カナ   え? ―カール、銃を乱射する。 ―間一髪、回避するカナ ―他の三人はしゃがみこんで避難 カナ   狙いは私、ここじゃみんなを巻き込んじゃう。だったら…。 ―カナ、下手へと逃げる(はけ) ―追いかけるカール(はけ) ミドリ  ちょ、ちょっと何よコレ! キノシタ 分かんない! ミドリ  分かんないって、アンタが作ったんでしょう? キノシタ そうだけど、こんなプログラム組んでない! シズク  フェーズ2とか言ってたけど、何か分かんないの? キノシタ フェーズ2…、あ!もしかして!(タブレット操作) ミドリ  何か思い当たることあったの? キノシタ 確定じゃないけど…、実はカール1号の技術に、とある軍事国家が興味を持ってて、今回のプロジェクト、そこからの援助も受けているってウワサがあったの。 ミドリ  え? キノシタ もしかしたらマネージャーがその国の意向を汲んで、こっそり仕込んだのかもしれないわ。 シズク  どうすればいいんですか? キノシタ こっそり仕込まれた以上、解除する条件は分からない。だからカール1号自体を強制停止させるしかない。 ミドリ  その方法は? キノシタ タブレットの電源と首にある停止ボタンを同時に長押し。 ミドリ  まったく、最近はなんでもかんでも長押しなんだから…。 キノシタ 仕方ないじゃない。 シズク  それじゃ…。 ―数発の銃声 ―カナ、片腕をかばいながら戻ってくる ―少し遅れてカール登場 カール  ハイジョシマス、ハイジョシマス カナ   みんな、逃げて…。(転ぶ) シズク  カナ! ―カール、銃口をカナに向ける ―シズク、カールとカナの間に立つ ミドリ  シズクちゃん! キノシタ やめなさい!カール1号!! カール  ショウガイブツアリ、マトメテハイジョシマス シズク  え? ミドリ  シズクちゃん!! キノシタ ダメ! カナ   シズクちゃん! ―カナ、シズクをかばう(カナとシズクの位置入れ替え) ―カール、銃を撃つ ―カナ、撃たれる シズク  カナ、どうして? カナ   私は、アナタを助けるために作られたアンドロイドだから。 シズク  そんな…私…。 ―シズク、カナに覆いかぶさる ―カール、近づいてゆっくりと銃を構える ―ミドリ、カールに飛びかかって首のボタンを押す ミドリ  キノシタさん! キノシタ え?…あ、はいっ! ―キノシタ、タブレットの電源を長押し ミドリ  止まれ! キノシタ 止まれ! シズク  ダメ、間に合わない! カナ   シズクちゃんっ! ―カナ、渾身の力でシズクを突き飛ばし、仁王立ち ―カール、銃を撃つ ―倒れるカナ ―直後、カール停止 キノシタ …止まった…!? ミドリ  シズクちゃん! シズク  カナ…カナ! ―動かないカナ シズク  お姉ちゃん!カナが…、カナが! ―ミドリ、カナをチェック キノシタ そんなに心配なさらなくても、その子、アンドロイドなんでしょ?修理すれば戻るわよ。 ミドリ  そうね、新品同様にするのであればそれも可能よ。 シズク  新品同様って…。 ミドリ  カナには二つのバッテリーが搭載されているの。主動力となるメインバッテリーと、メンテナンス用のサブバッテリー。それぞれ胸とお腹に搭載しているんだけれど、今回両方とも壊されてしまったみたいなの。 シズク  両方壊れると…、どうなるの? キノシタ 記憶の維持ができない。 シズク  え? キノシタ そうでしょ?ミドリさん。 ミドリ  (うなづく)だから直したとしても、今日までのことを何も憶えていないと思う…。 シズク  そんな…、私のことを助けたせいで…。何とかならないの? ミドリ  こればっかりはどうにも…。 キノシタ 何とかなるかもしれませんわ! シズク  え? ミドリ  どうやって? キノシタ 内部のコンデンサに溜まっている電気が残っている間にサブバッテリーの修理だけでもできれば、あるいは…。 シズク  タイムリミットは? キノシタ それは分かりませんが、少しでも早い方がいいことは間違いありませんわ。 ミドリ  でも、直すためには仕事場に行かないと、それにカナを抱えていくとなると…。 キノシタ こんなこともあろうかと、今日はここまで車で来ています。そして、(タブレット長押し)カール1号を起動させれば…。 ―カール、再起動、立ち上がる カール  ワタシハカールイチゴウデス。 キノシタ いいから、カナさんを車まで運んで! カール  カシコマリマシタ。 ―キノシタ、カール、カナ、共にはける ミドリ  シズクちゃん、カナのこと、直していいの? シズク  お姉ちゃん…、カナは私を助けるために作られたって言って、私のことをかばってくれたの…。だから、絶対助けて。そして、直ったら、必ず家に連れてきてね。カナは私たちの、大切な家族なんだから。 ミドリ  (微笑んで)分かった。まかせて。 ―ミドリ、はける シズク  カナ…。 ―暗転 ―数日後 ―シズクたちの家 ―シズク、外から帰ってくる シズク  ただいまー。 ―奥からカナ登場 カナ   お帰りなさい。 シズク  あ、ただいま、カナ。 カナ   今日は早いんですね。 シズク  うん、今週テスト期間だから。 カナ   そうなんですね。 シズク  それじゃ久々に料理でも作ろっかなー。何がいいかなー? カナ   いいですよ、テスト期間中なんですから勉強に集中してください。 シズク  息抜きついでだよ。私がやりたいだけだから気にしないで。ね? カナ   分かりました。 シズク  それじゃカナは休んでて。 カナ   はいはい。 ―シズク、台所へ ―カナ、座る ―そこへミドリ、帰ってくる ミドリ  ただいまー。 カナ   お帰りなさい。 ミドリ  あれ?カナ、どうしたの? カナ   今日はシズクさんが料理を作ってくださるので、休憩いただいているんです。 ミドリ  あ、シズクちゃん帰ってきてるんだ。 カナ   はい、テスト期間とかで。 ミドリ  シズクちゃーん、ただいまー。 シズク  (声だけ)あ、お姉ちゃん?おかえりー。あ、そうだ、何かリクエストとかあるかな? ミドリ  あー、私決めるの苦手だから、何でもいいよー。 シズク  (声だけ)えー?しょうがないなー。じゃああるもので作るねー。 ミドリ  うん、よろしくねー。 ーミドリ、座ってカナのことを見る ―その時、スマホに電話がかかってくる ミドリ  はい。ああ、先日はどうも…。うん、そうだね…、ありがとう、とってもいい話だと思うよ、でも、今の社長にもお世話になってるからさ…。うん、…いや、だからさ…、え?ちょっと…ちょっと待って!…切れちゃった。 ―ミドリ、相手に掛けなおすが、電源が切られていてつながらない ミドリ  ああ、もう。勝手なことしなければいいけれど…。 ―シズク、小皿(たたききゅうり)を持ってくる シズク  お姉ちゃん、何かあったの? ミドリ  あ、ううん。なんでもない。ごはんもうできたの? シズク  まだだよ。ちょっとかかりそうだから先にこれつまんどいて。(渡す) ミドリ  (受け取る)あ、たたききゅうりじゃん。いただきまーす。…おいしー。ほら、カナも。 カナ   はいはい。 ―カナ、たたききゅうり食べる ―その姿を、何か思いながらシズク見つめる シズク  お姉ちゃん。 ミドリ  なあに? シズク  ごめんなさい(頭下げる) ミドリ  え?ちょ、ちょっとどうしたのよいきなり。 シズク  いつか、ちゃんと謝らなきゃって思ってて、ごめんなさい。 ミドリ  ちょっと待って。いきなり謝られても、何のことか分からないよ。 シズク  この前、お姉ちゃんにひどいこと言っちゃったから…。お姉ちゃんはいつも好き勝手ばっかりやってるって。 ミドリ  ああ、だってそれは実際そうだもん、言われても仕方ないよ。 シズク  違う!お姉ちゃんはいつも私のことを考えてくれてたんだもん。就職のときだってそうでしょ? ミドリ  な、何の話かな? シズク  ごまかさないで。2か月間の海外研修のことだよ。 ミドリ  …。 シズク  外国の虫が怖いだなんて、ゴキブリ素手で捕まえられるお姉ちゃんが言うはずないもの。…あの頃、お父さんとお母さんが事故で亡くなって、当時高校生だった私を一人で残していくことができなかったからあんなウソついてまで、KEGへの就職あきらめたんでしょ。 ミドリ  シズクちゃん…。 シズク  そこまでしてくれて、いつも心配してくれたお姉ちゃんに、私…。 ミドリ  いいのよ、シズクちゃん。だって私はお姉ちゃんなんだから。それに大きな会社じゃなくたって、自分のやりたいことはできるもの。後悔なんかしてないわ。 シズク  お姉ちゃん。 ミドリ  それに、私が仕事に打ち込んでこれたのは、シズクちゃんが家事をやってくれたからだよ。私だってシズクちゃんに助けられて来たんだから。お互い様だよ。 シズク  …でも…。 ミドリ  でもじゃない。 シズク  カナだって、私のせいで…、結局記憶を無くしちゃったし…。 ミドリ  それこそシズクちゃんのせいじゃないよ。カナがシズクちゃんを守ろうとして起こった事故のようなものなんだから。 シズク  だけど…お姉ちゃんと…カナの思い出を…私…。 ミドリ  シズクちゃん…、ありがとう…、私たちのこと、想ってくれて…、記憶がなくなっちゃったのは確かに残念だけどさ、その分、新しい思い出、作っていけばいいじゃない。 シズク  …うん…ごめんね…お姉ちゃん…カナ…。 カナ   おいしー!本当においしいね、よくたたけてるわー、このきゅうり。 ミドリ  ん? シズク  え? カナ   あれ?私って食べられるアンドロイドだったっけ?ていうかあれ?私、撃たれたんじゃなかったっけ?え?どうなってんの? シズク  もしかして…。 ミドリ  記憶、戻ったの? カナ   え?なんかよくわかんないけど…、はい。 ミドリ  カナ! シズク  カナちゃん! ―二人、泣き崩れる カナ   え?どうしたんですかコレ。新手のドッキリ?? シズク  良かった、良かったよー。 ミドリ  お帰り、カナ。 カナ   え?あ、はい。ただいま…。 ―ミドリとシズク、泣きながら喜ぶ。 ―戸惑っているカナ。 ―そこにキノシタ、やってくる キノシタ ミドリさん!電話じゃラチがあきませんから、直接やってきましたわ!…どうしましたの? ミドリ  あんたはいつもタイミングが悪い!出直して! キノシタ そうはいきませんわ!今日こそあなたをKEGに連れて帰りますから。いらっしゃい、カール2号! ―カール2号(1号と見た目変わらない)登場 カナ   2号? シズク  一緒じゃん! キノシタ 確かに見た目はカール1号と同じですが、余計な機能を排除し、より人間に近い機能を搭載したのですわ。カール2号、挨拶なさい。 カール  はじめましてカール2号です。当店のご利用は初めてでしょうか? シズク  あ、カタカナ喋りじゃない。 カナ   当店のご利用って何? カール  コミュニケーション機能を高めるためにいろんな場所でバイトしてたもので、なんかクセになっちゃいました。 キノシタ 余計なこと言わなくていいのよ!早速勝負よ! ミドリ  それじゃ、早口言葉対決でどう? キノシタ (カールに)いけそう? カール  任せてください!ダテにキャットとすたみな太郎でバイトしてたわけじゃありませんから。 キノシタ よし!それと、今日は正式な勝負ですから、立会人も用意しましたのよ。 シズク  立会人? キノシタ 出てらっしゃい! ―カナモト出てくる ミドリ  社長!? シズク  え?社長さん? カナ   何やってるんですか? カナモト いやー、良くわかんないだけど、何か呼ばれちゃってね。 ミドリ  分からないのにホイホイついてこないでください! キノシタ それじゃいきますわよ!お題は「東京特許許可局」 ミドリ  え?ちょ、ちょっと…。 ―早口言葉対決する ―カール、負ける シズク  負けてんじゃん。 キノシタ 何だったんですの?先ほどの自信は。 カール  面目ない…。 ミドリ  というわけで…。 キノシタ いやいや待って!今のナシ、今のナシだから。 カナ   じゃあ次は何で対決する? ミドリ  えー、勝ったのに? キノシタ それじゃ、次は…。 シズク  あ! カナ   どうしたの? シズク  そういえばご飯の準備してたんだった。ね、キノシタさんも社長さんも、食べていくでしょ? キノシタ え?いや、私は…。 カール  ごちそうになります。 キノシタ 勝手に答えんな! カナモト じゃあ私もお言葉に甘えて。 シズク  よし、決まり!それじゃみんなでお買い物にいくよー! ミドリ  え?そこから?? カナ   人数増えちゃいましたからね。 シズク  何がいいかなぁ? カール  おいしければなんでも…。 キノシタ みんなで囲うならやっぱ鍋ですわ。 ミドリ  お、いいねー。 カナモト あ!だったら今朝、良い猪肉が手に入ったんだ、ぼたん鍋なんかどうだい? シズク  今朝?え?どこで?? カナモト 山の中で、ズドン、とね。 キノシタ え?撃ったんですの? カナモト うん。それじゃ取ってくるけど…そうだな、キミ、一緒に来てくれるか? カール  え?ボクですか? カナモト 力仕事は男の領分だからね。それじゃ、買い物は任せたよ。 カール  (渋々)行ってきます…。 ―カナモト、カールはける カナ   見かけによらないものですねぇ…。 キノシタ まったくですわ…。 ミドリ  それじゃ、行こっか? シズク  うん、しゅっぱーつ! ―四人、わいわいがやがやしながらはけて 幕