『ヒーローショー 〜幕開き前〜』 作:伊佐場 武 A…ヒーロー役、バイト B…怪人役、ベテラン 声…司会のお姉さん   ―ヒーローショーの控え   ―(野外、雑踏もきこえる)   ―A、ヒーローの着ぐるみを着てマスクを外している状態。   ―A、緊張しながらパイプいすに座ったり立ったり、とにかく落ち着かない。   ―そこにB、怪人の着ぐるみ(マスクなし)で入ってくる。   ―手には缶コーヒー(冷た〜い)を持っている。   ―気落ちしているAの首筋に缶をあてるB。 A ひゃあっ!びっくりした。何するんですか! B いや、オマエの中で起こっている内戦がこう着状態にあるようだったので、   カンフル剤を、と思ってな。ホイ(コーヒー渡す) A (受け取って)あ、どうも。 B こういうのは初めてか? A 昔よくやられましたよ、部活の仲間とかに。アレ弱いんですよボク。 B いや、イタズラの話じゃねェよ。仕事だ仕事(自分の着ぐるみを指す) A え、ああ。はい、高校の頃は演劇部だったんですが、もっぱら裏方で、   こうやって人前に出て演技するのは初めてなんで、・・・ああ・・・。 B 人前つったって顔は隠すし、声も別なところからだし、ビビるほどのもんでも   ないだろうに・・・。 A まぁ、そうなんですけども、もし失敗したらとか考えると・・・ああ、緊張してき た・・・。 B そんなんでよくこの仕事、応募してきたなぁ。 A だって裏方募集って書いてあったから・・・。 B うん。   ―間 B それで? A いや、裏方じゃないじゃないですか。 B スーツアクターってのはヒーローにとっちゃ裏方だろ? A そんなぁ・・・。 B 大丈夫だって、周りの連中だってコレでメシ食ってるんだ。   オマエが適当に動けば、ソレにあわせて演技してくれるよ、・・・たぶん。 A !やっぱりダメだ。すいません、このバイト何とか今からキャンセルできません? B できるワケないだろう。もうお客さん集まってるんだから。 A いっそのこと雨が降って中止にならないかな・・・。 B 残念、ウチは雨天決行なんだ。雨が降っても中止にならないよ。 A えぇ!? B ここまできたらもうハラくくるしかないだろう? A だってボクこんなのできないですよ。 B 募集方法に問題はあったにせよ、応募して、採用されて引き受けたんだ   とりあえず最後までやってみてくれよ。 A うう・・・。   ―アタマを抱え込むA、見つめるB。やがて B オレな、昔、息子がいたんだ・・・。 A なんです、急に? B 病弱な子でな、ずっと病院にこもりっきりだった。   だが、ある日、一日だけ外出許可が出たんだ。その日は息子の五歳の誕生日だっ た。 A へぇ。 B とはいえあまり遠出もできないから、近所のデパートに行ったんだ。   オレにとってはいつものデパートだったが、息子にとってははじめての場所だ。   たくさんの人間、たくさんの商品。見るものすべてが珍しかったんだろう。   息子はまるで夢の国にでも来たかのように目をキラキラ輝かせていた。 A そりゃそうですよ。デパートなんて子供にとっては楽園なんですから。 B そんな中、ひときわ息子の目を輝かせたものがあった。ヒーローショーの看板だ。 A ヒーローショー・・・。 B ああ、病院にこもりっきりの息子の唯一の楽しみがテレビだった。   そのテレビの中でしか見ることの出来なかったヒーローがデパートの屋上にやっ てくるんだ。   息子は自分の病気も忘れてはしゃいでいたよ。ところが・・・。 A 何かあったんですか? B 雨だ。 A 雨? B ヒーローショーが始まる頃に雨が降り出したんだ。当然ショーは中止。 A ・・・。 B 息子も残念そうな顔をしていたが、オレに気を遣ったのか、   「雨だもん、しょうがないよね。ヒーローもお風邪ひいたらかわいそうだもんね」   なんて言っていた。五歳の子供がだぞ。   次の日から、息子はまた入院生活に戻った。だがどうしてもオレは、あのときの   息子の笑顔を取り戻したかった。だからオレはその時の仕事をやめて、今の仕事 についたんだ。 A そうか、自分がヒーローになって会いに行けば・・・。 B そう、より確実だと思ったんだ。   だが、そのたったひとつの可能性も断たれてしまった。 A え? B 息子の誕生日から一ヵ月後、ようやくヒーローの衣裳を借りてこれたが・・・、結局アイツはヒーローに会えずじまいだったよ。 A ・・・。 B オレは思った。子供たちに二度とこんな思いをさせてはいけないと。   何があろうとヒーローは舞台に立ちつづけなければならないと。   ・・・だからウチは雨でも中止しないのさ。 A ・・・そうだったんですか・・・。   ―その時、子供たちの歓声と、司会のお姉さんの声が響き渡る。 声 みんなー、こんにちはー。   (以後、ボリュームダウンで会場の雰囲気の音、ずっと流れている) B ・・・そろそろオレの出番だ。・・・なぁ、オマエにとっちゃ、小遣い稼ぎでしか   ないかもしれないが、アソコに来ている子供たちにとっては夢の舞台なんだよ。   たくさんの子供たちのユメ、壊さないでやってくれないか?   ―うつむいているA。   ―B、ヒーローのマスクをもってきて、Aに渡す。 B 頼んだぜ、ヒーロー。   ―Aの肩をポンと叩いて、怪人のマスクを被ってB去る。   ―直後にBの声 B (声のみ、スピーカーから)はっはっは、この会場は我らが占領した。   (再びボリュームダウンで会場の雰囲気の音、流れている。)   ―間   ―Aの気持ちとともに会場からのヒーローコールが大きくなり、   ―一瞬の沈黙。   ―その後 A よし、行くぞ!   ―A、マスクを被って去る。 A (声のみ、スピーカーから)正義のヒーロー参上!   ―子供たちの歓声、盛り上がって                               ―幕