『うっかりミュージアム』 作:伊佐場 武 【登場人物】 館長、鵜狩(うかり)【鵜狩修造(うかりしゅうぞう)】:ウカリ 新人学芸員、呉(くれ)【呉いたる(くれいたる)】:クレ 印部(いんべ):インベ ー博物館の中でかかるような曲の最中に幕開 ー博物館内、いくつかの展示品がある。 ―そこにクレ登場、時間を気にしながらも、展示品を見ている。 ー金属製の何だか分からないものを見ているが、虫がいたのか追い払う動作 ーその手が展示物にぶつかり、うっかりパーツらしきものが外れる ーパーツを拾い上げ、何とかしようとする ーそこにパイプ椅子を持ったウカリがやってくる。 ウカリ  やあやあ、どうも、お待たせしてしまったね。 クレ   ひゃっ!?あ、いや、あの…ごめんなさい、違うんです!(思わずパーツをポケットにしまう) ウカリ  え?あ、違うの??いや、これはすみませんでした。私はてっきり、応募していただいた学芸員の方だとばかり…。 クレ   え?いや、あの、違います。いや、そうじゃなくて…この違うっていうのはそっちの違うじゃなくて、その、何ていったらいいか…。 ウカリ  はい? クレ   あ、いや、あの…ですから…それで、間違いないです…。 ウカリ  それ?? クレ   その…、学芸員の募集を見て応募した…。 ウカリ  え?何だやっぱりそうか。 クレ   はい、すみません…(履歴書出しながら)あの、改めまして、こちらの学芸員募集に応募しました、呉(クレ)です。 ウカリ  ああ、どうも。私はここの館長のウカリです。こちらこそ、よろしく頼みます。 クレ   はい、よろしくお願いいたします。 ウカリ  まぁ立ち話も何ですから…(椅子セットして)、どうぞ座ってください。 クレ   あ、ありがとうございます。失礼します。(座る)…って、え?ここで?? ウカリ  何か? クレ   いや、あの…、今から面接するんですよね? ウカリ  ああ、まぁ形式上のもんですがね。 クレ   ここ、展示室ですよね。 ウカリ  ええ、一応。 クレ   お客さん入ってきたらどうするんですか? ウカリ  はっはっはっはっは…。 クレ   …。 ウカリ  じゃあまず名前と志望動機を聞きましょうか? クレ   あ、はい。呉(クレ)と申します。学芸員という仕事は収蔵品に対する知識だけではなく、収蔵品と最も近い位置で接する立場である以上…、って違いますよ。 ウカリ  ん?え?やっぱり違うの?? クレ   そうじゃなくて、ココ!この通路!!ココ、お客さん入ってきたら普通に通る場所ですよね?? ウカリ  そりゃそうだよ、展示室だからね。何だったらそれもこれも全部展示品だしね。 クレ   じゃあ、今ここにお客さん来たらどうするんですか?? ウカリ  はっはっはっはっは…。 クレ   …。 ウカリ  それじゃ次に、君はここの博物館にどんな魅力があると思いますか? クレ   はい、一見無価値にみえるけれど、実は歴史的な…、って、いや待って!続けようとしないで!! ウカリ  ドロップアウト? クレ   ドロップアウトって何ですか?いや、違います、そうじゃなくて…、え?ここで?この場所でやるんですか?? ウカリ  何か問題でも?? クレ   いや、むしろ問題がないと感じているあなたが不思議でしょうがない。 ウカリ  あのね、イタルくん。 クレ   いきなり下の名前で呼ばないでください。何ですか? ウカリ  この博物館が何と言われているか知っているかね? クレ   こちらですか?…え?普通に、鵜狩博物館て言われてるんじゃないですか? ウカリ  キミは純粋だねぇ…、世間ではこの博物館のことを「うっかりミュージアム」と呼んでいるのだよ! クレ   うっかりミュージアム。 ウカリ  イカしてるだろ? クレ   いや蔑まれてません?? ウカリ  「鵜狩」という名前をモジって、なおかつ博物館をミュージアムと言い換える。まさに愛あればこそ!だよ。 クレ   小学生レベルの悪口を言われている様にしか聞こえませんけどね。 ウカリ  しかも! クレ   何です? ウカリ  ここに収蔵されている展示物は、どれもこれも歴史的価値がありそうでいて、実は価値のないものばかりなのである! クレ   え?聞いていた話と逆なんですけれど…? ウカリ  ん?どういうことだね? クレ   いや、一見無価値に見えるけれど、実は歴史的価値を蓄えた展示品ばかりであると聞きましたが…、あ!ほら、ホームページでも…。 ークレ、スマホを出して検索する ウカリ  お客様、館内は撮影が一切禁止となっておりまして、その都合上、携帯電話の使用も禁止とさせていただいております。ご理解ご協力、よろしくお願いいたします。 クレ   あ!すみません。 ークレ、スマホをしまう。 クレ   いや、違いますよ、何でいきなりマトモなこと言い出すんですか。 ウカリ  失礼な!私はいつも大体マトモですよ。 クレ   いや、そこはひとまず置いておいて。そうじゃなくて、ホームページの説明をするためにですね(スマホ出す)…。   ウカリ  お客様、博物館内での携帯電話のご使用は、他のお客様のご迷惑になりますので控えていただいてよろしいでしょうか? クレ   あ!ごめんなさい。 ークレ、スマホをしまう。 クレ   いや、だからちょっと! ウカリ  決まりなもので。 クレ   大体お客様なんていないじゃないですか!? ウカリ  おりますよ。 クレ   え?どこに?? ウカリ  あなたと、…そして私の、心の中に…。 クレ   気持ち悪いこと言わないでください。いいこと言ってる風ですけど、館長としては残念な発言ですからね。そうじゃなくて、このホームページにも書いてあるじゃないですか! ークレ、スマホを見せつける ウカリ  どれどれ…、「鵜狩博物館へようこそ、当館の展示品は、一見無価値に見えますが、いずれも歴史的価値のあった展示品です。」 クレ   ほらぁ! ウカリ  「ただし今ではいずれも無価値な展示品です。」 クレ   えっ!?(スマホみる) ウカリ  はっはっは、ちゃんと書いてあるじゃないか、無価値だって。うっかりやさんだなぁ…。 クレ   えー、どこに…?あ!あった!!うわっ、こんな小さな字で!! ウカリ  小さかろうと書いてあることには変わりないですからね。 クレ   卑怯な…。いや、ていうか、そんなこと書いたらお客さん誰もこないんじゃないですか?? ウカリ  その通りッ!!だからね、こんな博物館にくるお客さんなんていないんだよ。 クレ   館長自ら、「こんな博物館」なんて言っちゃっていいんですか? ウカリ  なので、ここで面接をしても問題がないのです。誰の迷惑にもならないからね。 クレ   …(独り言)大丈夫なのかな?この博物館…。 ウカリ  一応、博物館としての体裁を整えるために、学芸員募集、なんてやってみたけれど、まさか本当に応募があるなんてね。 クレ   ああ、いや…、…やっぱり、やめておいたほうがいいかな…?あの…。 ウカリ  よし、じゃあ今日から早速、よろしく頼むよ。 クレ   …は? ウカリ  採用ってことさ。 クレ   …あ!いやいやいや、え?何で?まだ何も話してないじゃないですか? ウカリ  いや、なんと言うか、君からはウッカリの匂いがする。 クレ   ウッカリのにおい?? ウカリ  ホームページの紹介文をきっちり読んでいなかったり、こんなところに応募してきたり…。 クレ   そ、そんなうっかり屋さん、雇わないほうがいいんじゃないですか? ウカリ  何を言っているんだい、そんな君だからこそ、このウッカリの殿堂、うっかりミュージアムにふさわしいんじゃないか。何だったら展示品のひとつでも壊してしまうんじゃないか、っていう危うさを君からは感じるよ。 クレ   …え? ウカリ  というわけで、よろしくね。 クレ   いや、あの、考え直したほうが…。 ウカリ  ああ、そうそう、そこの金属製のモニュメントだけど…。 クレ   はい…(見る)あ! ―クレ、外れたパーツをポケットの上から触る ウカリ  それ、何だと思う? クレ   い、いやぁ…、何でしょうか?分からないなぁ、ははは・・・。 ウカリ  うーん、やっぱりそうか。…実はね、今日の朝、博物館の前に置かれていたんだよ。 クレ   博物館の前に? ウカリ  多分、何かしらの展示品だと思うんだけれど、取り寄せた覚えもなくてね…。 クレ   送り状とか付いてなかったんですか? ウカリ  うん。送り状どころか、梱包すらされてなかったからね。 クレ   え? ウカリ  他の博物館に届ける予定のものが、うっかりウチに来ちゃったのかもね。 クレ   それにしたって梱包されてないのはおかしいでしょう? ウカリ  うっかり忘れちゃったんじゃないかな? クレ   世間にそこまでうっかりがあふれていると思ったら大間違いですよ。 ウカリ  で、まぁ何であれ、そのまま放置ってわけにもいかないからね、ここにこうやって展示することにしたというわけだよ。 クレ   え?勝手にですか?それはさすがにマズイんじゃないですか? ウカリ  そんなこと言ったってしょうがないじゃないか。そのまま置いてあったんだし、送り主も届け先も、配送業者すら分からないんだからさ。 クレ   それは、そうですけれど…。 ウカリ  そのまま放置するのと、ここに展示しておくのとだったら、展示しておいたほうが安全じゃないか。 クレ   まぁ…、確かに…。 ウカリ  大丈夫!ここに間違って届けたヤツが悪いんだから。よっぽどのことがない限りは問題ないさ。 クレ   よっぽどのことって? ウカリ  うっかり壊しちゃうとか? クレ   なるほど、それは流石に…、あぁっ!! ウカリ  どうしたんだね? クレ   い、いや、何でもないです、何でもないです。 ウカリ  安心したまえ、私がどんなにうっかり者だといっても、人様のものを壊してしまうようなことは3回に1回くらいしかないから。 クレ   まさかの3割打者!!い…いや…、そんなことより…、あ、あのー、やっぱり間違ってでも壊してしまうっていうのは、マズイんですよね…? ウカリ  君は何を言っているんだね?当たり前じゃないか。展示品を大切に扱うなんて普通の博物館ならできて当然、基本中の基本だよ? クレ   いや、わ、分かってます、分かってます…。 ウカリ  普通の博物館ならね! クレ   な、何ですか?そんな含み持たせたような言い回しして…。 ウカリ  いや、何ていうか、ウチの持ち味はうっかりだろう?自分のところの展示品もまともに扱えないような館長だから、と、周りの人たちもすでに諦めていてね。 クレ   …はい…。 ウカリ  「あそこに展示品を貸し出す場合は捨てたものと思って貸し出そう」という共通認識ができてしまったのだよ。 クレ   何ですか?その共通認識。 ウカリ  人間て、度が過ぎると怒りよりも先に諦めの感情が湧きあがるみたいなんだ。 クレ   どんだけのものを壊してきたんですか? ウカリ  壊さずに返すと逆に感謝されるようになったよ。 クレ   完全にこの仕事に向いてないですよね?? ウカリ  ま、だからウチに来るような展示品は出来の悪い贋作だったり、価値がよく分からないような物ばかりなんだよ。 クレ   でもそんなんじゃ人呼べないんじゃないですか? ウカリ  うん、だから人居ないって言ってるじゃないか最初から。 クレ   そうだった。いや、そうだったじゃないや、え?それじゃ給料とかって…。 ウカリ  それよりこの展示品なんかどうだい?有名作家の幻の原稿にしょうゆを…。 ―そこにインベ、入ってくる。 インベ  すいません、郵便です。 ウカリ  ん?ああ、どうも。(受け取る) インベ  それじゃ。(去ろうとする。) ウカリ  ん?これは…!ちょっと待ちたまえ、君! インベ  な、何ですか? クレ   どうしたんです? ウカリ  この封筒…、切手が貼ってないじゃないか! インベ  え? クレ   え?あ!本当だ! インベ  (小声で)しまった、貼り忘れてた! ウカリ  切手の貼っていない封筒が届くなんて…、はっ!まさかこれは!! インベ  ちっ!気付かれたか…、そう、わた…。 ウカリ  みんなウッカリしてたんだね? インベ  …へ? ウカリ  差出人も切手貼り忘れるし、郵便局もそれに気付かないなんて相当なウッカリだな。ねぇ? インベ  いや、あの…。 クレ   さすがに郵便局が気付かないとかは、ありえないんじゃないですか?あれって機械とか通して判別したりしてるんですよね? インベ  あ、いや…、ええ、まぁ…。 ウカリ  それじゃどうしてここに届いたんだい? クレ   そんなこと僕に聞かれても分かりませんけど…。 ウカリ  どういうことだ…? インベ  料金…別納…。 ウカリ  ん? インベ  …料金別納郵便だったんじゃないですかね? ウカリ  おお、なるほど。 クレ   でもその場合って、「料金別納郵便」っていうシールだかスタンプだかがつくんじゃないんですか? ウカリ  おお、そういえば。 インベ  いや、あの、だから…、それを、うっかり忘れてしまったんじゃないかと…。 ウカリ  それって? インベ  だからその、スタンプとかシールとか?ほら、手作業だし、忙しかったのかもしれないし…。 クレ   ええ…?そんなこと、あるかなぁ…。 ウカリ  うーん…。 ―ウカリとクレ、疑問に思いながらも先ほどの謎の展示品に目をやる ―二人、顔を見合わせ、気付いたように頷き、 ウカリ  うん、あるな。 クレ   そうですね、ありますね。 インベ  え?あるの?? クレ   何か、コレに比べたら、全然普通にある気がしました。 インベ  コレ?…(展示品を見て)ん? クレ   どうしました? インベ  あ…、いや、何でもないです。 ウカリ  ま、そういううっかりもあるってことだろう。すまなかったね、呼び止めてしまって。 インベ  いえ、大丈夫です。 クレ   ありがとうございました。 インベ  はい、それじゃ私はコレで…。 ウカリ  ん?…あー!!ちょっと待ちたまえ君! クレ   どうしたんですか? インベ  な、何かありました? ウカリ  この封筒…、住所が書いてないじゃないか!? インベ  え!? クレ   え?それはさすがに…、本当だ!書いてない!! インベ  (小声)しまったー、書き忘れたー。 ウカリ  これは一体どういうことなんだ?…はっ!?もしや…! インベ  くそっ、今度こそ気付かれたか!そう、わたしこ…。 ウカリ  みんなとてつもなくウッカリしていたんだね? インベ  …はぁ? ウカリ  住所書き忘れて封筒出すなんて。しかもそれを料金別納で受け付けちゃうなんて、普通ありえないもん。 インベ  いや、あの…、ええ!? クレ   ありえないっていうか届かないですよ、住所無かったら! ウカリ  でも現に届いてるじゃん、こうして。 クレ   それはそうですけど…、ていうかもうこの人が差出人なんじゃないですか? インベ  ギクッ! ウカリ  はっはっは、何を言っているんだい?そんなワケないじゃないか。 クレ   いや、その可能性が一番高いじゃないですか。 ウカリ  大体、もしこの人が差出人だったとして、なぜ封書にしたためる必要があるというんだ。今こうして会っているのだから、用件があるならばここで言えばいいじゃないか。なぁ? インベ  え?えぇ…あ、は、はい。 クレ   あれですよ、多分、面と向かって言えないような事なんですよ。 インベ  ギクギクッ! ウカリ  面と向かって言えないこと?何だねそれは。 クレ   そうですね、例えば、この博物館に来たときに、何か展示品を壊してしまって、それを告白するための謝罪文とか。 ウカリ  何だ、まるで展示品を壊したことがあるかのような言い方だな。 クレ   うぇっ!い、いい、いいいや、そ、そそんなこと、あ、あああるわけなななないじゃないででデスか! ウカリ  分かりやすく動揺したね。 インベ  え?何か壊したんですか? クレ   いや、違います。やってません、やってませんから。 ウカリ  ま、いいか。とにかく封筒は届いているんだし。 インベ  ザックリとまとめましたね。 クレ   勝手に騒いで勝手に解決しただけじゃないですか。 ウカリ  ま、とりあえず。ね。(開封する) インベ  うわ!え?いきなり!? クレ   どうかしたんですか? インベ  いや、あの、いきなり開けるものですから…。 ウカリ  中身が気になってしまってね。今ヒマだし別にいいかな?と思って。 クレ   ヒマじゃないですよ、私面接中じゃないですか。 ウカリ  あれ?そうだっけ?? クレ   そうですよ、私自身、少し忘れてましたけど。 インベ  そうですか、いろいろとお忙しいようですね。それじゃ私はこの辺で…。 ウカリ  (封筒の中身を見て)あー!コレは!? クレ   びっくりした、何ですか!? ウカリ  コレ、見て!ホラ、君も!!こっちに来て! インベ  えぇ~…。(渋々戻る) クレ   ん?…、あ!コレ…犯行予告じゃないですか! ウカリ  な!ビックリだよもう。 クレ   へー…、え?こういうのって本当にあるんですね? ウカリ  ああ、私も初めての経験だよ。 クレ   えっ…と、「今夜、この博物館で一番価値のある展示品をいただきにあがります。怪盗インベより」ですって…、って何やってるんです? ―ウカリ、空いている展示スペースに予告状を置き、説明文を手書きで作成している。 ウカリ  はっはっは、展示品がひとつ増えたと思ってね。 クレ   何々…、「うっかり怪盗のうっかり予告状」? インベ  うっかり怪盗?? クレ   館長、この博物館で今一番価値のあるものってなんですか? ウカリ  そうだな、あえて言うならば、今展示したての、このうっかり予告状かな? インベ  え?いやいや他にもあるでしょう?例えば…。 ウカリ  えーと、あれ?今、何時でしたっけ? インベ  え?えーと、午後二時ですけど? ―ウカリ、「午後二時に展示しました」と書かれたシールを貼る。 クレ   「午後二時に展示しました。」 ウカリ  よし! インベ  いや、「よし!」じゃないですよ。何ですかこのスーパーのお惣菜コーナーのような文言は。 クレ   できれば生産者の顔も見せたいところですけどね。 ウカリ  そればっかりは分からないからな。 ウ・ク  ははは…。 インベ  いや、ははは、じゃないから!何なんですかあなた方は! ウ・ク  ん?私たち?? インベ  そうですよ、予告状ですよ?狙われてるんですよ?非常事態なんですよ?分かってますか?? ウカリ  そんなこと言ったって…、なぁ。 クレ   はい、そんな怪盗に狙われるような価値のあるものなんてこの博物館にはありませんからね。 インベ  いやあるでしょう?ひとつやふたつ。 クレ   いや、ないですね。 インベ  え?ないの?? ウカリ  だからこそのうっかり予告状なわけだからね。 インベ  だからこそ?? ウカリ  この怪盗インベとやらは知らないのだよ、この博物館が何の価値もないガラクタばかりを展示しているうっかりミュージアムだということをね。 インベ  な、何だってー! クレ   とうとうガラクタ呼ばわりしましたね。 ウカリ  そんなこととも知らないで予告状を出してしまうくらいだから、うっかり怪盗のうっかり予告状っていうわけさ。 インベ  い、いや、そんなことはないはずだ。君たちが知らないだけで、本当は価値のあるものがあるハズだ。例えば…、そう、君たちにとってよく分からないものが実は価値のあるものだった、っていうことだってあるかもしれないだろう? ウカリ  よく分からないもの? クレ   あ!館長、アレあれ(指差す) ウカリ  ん??あ、コレか? ―指差した先にあるものは例の金属モニュメント インベ  コレ?…あ!コレは!! クレ   ?何か知ってるんですか?? インベ  い、いや…(小声)…やっぱりそうか、なんでこんなところにあるんだよ! ウカリ  何か分かるのかね? インベ  いや、分からないなー、分からないけど多分価値はないと思うなー。怪盗も盗んでいかないんじゃないかなー。 ウカリ  何だ無価値か…。 ―ウカリ、金属モニュメントを雑に扱う(叩く、蹴るなど) イ・ク  いや、ちょっと!! ウカリ  何?? クレ   一応展示品なんですから、館長自ら雑に扱わないでくださいよ! ウカリ  あ、これはうっかり。 インベ  まったく、爆発したらどうするんですか。 ウカリ  え?…爆発…? クレ   爆発するんですか?コレ? インベ  そうですよ、まったく…。 ウカリ  …。 クレ   …。 インベ  …あ! クレ   あ! ウカリ  あーっはっはっは! クレ   !どうしたんですか館長、いきなり。 ウカリ  いやー、なかなか面白いこと思いつくなーって思ってさ。 インベ  え? ウカリ  そうかー、爆弾かー、なるほどなー、そういうアレ、ね。 インベ  アレ? クレ   そういうアレって…あ!ああ、なるほど…。 ウカリ  そうすると、差し詰めキミが予告状の差出人、怪盗インベってとこかな!? インベ  え? クレ   …いや、館長。これはただの怪盗ってことじゃないと思いますよ。 ウカリ  ?というと? クレ   宇宙怪盗です! ウカリ  宇宙怪盗だって!? クレ   宇宙怪盗インベ!彼は銀河系をまたにかける大怪盗!ソイツがついにこの青い星、地球に降り立ったんです! ウカリ  何だって!しかし、なぜ私の博物館に!? クレ   分かりません、ですがおそらく、彼の仕事はすでに終わっています! ウカリ  終わっている?それはナゼだ!? クレ   (金属モニュメントを指し)これです。 ウカリ  これが…?これが一体なんだというんだね? クレ   これは宇宙怪盗インベがその星を立ち去る際に仕掛けていく惑星破壊爆弾。自らの足取りを銀河パトロール隊にたどらせないようにするための彼の常套手段なんです。 ウカリ  そうか!そして、それが仕掛けられているということは! ウ・ク  すでにミッションはコンプリートされている! クレ   しかし、最後にこの博物館に立ち寄る理由、それだけがどうしても分からない! ウカリ  なるほど、相手が宇宙怪盗だというならば、おそらくその理由は、コレだろうな。 クレ   館長…、もしや心当たりが!? ―ウカリ、一度はけ、サドルのないボロの自転車を持ってくる。 クレ   こ、これは一体!? ウカリ  これは超時空航行船ミクロスだ。 クレ   超時空航行船ミクロス!? ウカリ  一見ボロ自転車にしか見えないコレは、熱核タービンエンジン搭載、単独での成層圏突破、空間歪曲型ワープ航法、空間シールドバリアなど、宇宙航行に必要なあらゆる機能を搭載しているのだ。 クレ   こんなボロチャリにそんな性能が…。 ウカリ  ヤツはこれを取り戻しに来るのだろう。この星から飛び立つためにな。 クレ   くそっ、このままでは地球はヤツに破壊されてしまう。どうしたらいいんだ! インベ  …。 ウカリ  …。 クレ   …。 ウ・ク  なーんちゃって。 クレ   すいません、悪乗りしちゃいました。 ウカリ  いや、なかなか良かったよ。やるなぁ。 クレ   実は高校生の頃、演劇部に入ってまして…。 ウカリ  ほほぅ…。 インベ  (サングラスをかけ、光線銃らしきもの取り出し)まさかそこまでバレているとはな。 ウ・ク  …は? インベ  あと一歩、というところだったが、仕方ない。殺しは私の美学に反するが、脱出までの時間を稼がなくてはならないからな。 ウカリ  いや、あの…ね。 クレ   せっかくノってくれたところ悪いんですが、もうそのクダリ終わったんで…。 インベ  どうした?怖気づいたのか? ウカリ  いや、ね。もうちょっと早い段階で混ざってくれていれば一緒にやってあげられたんだけれども…。こんな凝った小道具まで用意してくれていたのなら尚更…(光線銃に触ろうとする)。 インベ  触るな! ―インベ、銃を撃つ。 ウカリ  いて! クレ   大丈夫ですか? インベ  ん?…ん!? ウカリ  何かチクっとした。 クレ   ちょっと、いくらおもちゃの光線銃だからって、人に向けて撃つのはよくないですよ! インベ  いや、あの…。あれ?当たったよね? ウカリ  当たったよ。 インベ  え?なんともないの? ウカリ  何ともあったよ、チクっとしたよ。 インベ  チクッとした?それだけ?? クレ   どんな感じのチクっですか? ウカリ  何かね、冬に不用意にドアノブ触ったらパチっと静電気が走った感じ。 クレ   うわっ、それは痛いですねー。 インベ  え?その程度?? ウカリ  その程度とは何だ。不用意の静電気は意外と後まで痛みが残るんだからな! インベ  …出力抑えすぎたのか?(出力ツマミをいじる) クレ   凝った小道具はいいけれど、痛み与えるようなのは良くないと思いますよ。没収です! インベ  うるさい! ―インベ、銃を撃つ。 クレ   うわわわわ。 ―クレ、膝から落ちるように倒れる。 ウカリ  君!大丈夫かね、君!! インベ  殺人破壊光線銃の出力は最大だ。さすがにコイツには耐えられ…。 クレ   (立ち上がり)…うわー、ビリビリしたぁ…。 インベ  …え? ウカリ  どうだった?チクってしただろう? クレ   いや、チクっていうより何か、びびびびって感じでしたよ? ウカリ  びびびび?? インベ  おい! クレ   何ですか? インベ  当たったよな?? クレ   当たりましたよ。 インベ  何ともないんか!? クレ   だからびびびびって…。あれ? ウカリ  どうしたんだね?まさか遅れて何かしらの効果が表れるタイプの攻撃か!? インベ  いや、そういうタイプのアレではないはずだけれど…。 クレ   これは…、まさか…! インベ  いやそういうアレじゃない、そういうアレじゃないから! クレ   肩こりが治ってる! インベ  …へ? ウカリ  何とぉー! クレ   いやーすごい、軽くなった。翼授かった感じ。レッドブルいらず。 ウカリ  なるほど、つまりそれは低周波治療器だったというわけか。 インベ  いや、違う、これは我が星の科学技術の粋を結集してつくりあげた殺人破壊光線で…。 クレ   いやほんと、びっくりするくらい軽いですし、心なしか風景が明るくなって見えるようになった気がします。 ウカリ  目の疲れは肩こりが起因していると聞くからな、いいなぁ、わたしの四十肩もよくならんかな? クレ   一回やってもらったらいいんじゃないですかね? ウカリ  おお、そうだな。君…。 インベ  うるさい!こうなったら仕方がない…(スイッチ取りだす)コイツを使う! クレ   それは…? ウカリ  やる気スイッチ! インベ  よーし、受験勉強がんばるぞー!…違うよ!この時期ほとんどの大学受験終わってるだろうが!そうじゃなくてコレは…。 クレ   お父さんスイッチ! インベ  お父さんスイッチ「お」…(動く)「オタ芸をひろうする」…。(落ち込む) ウカリ  (励まして)大丈夫だから、感じているほどスベってないから。 クレ   ごめんね無茶ぶりして…。 インベ  違う!お父さんスイッチじゃない!スベってもいない!そうじゃなくてこれは惑星破壊爆弾の起爆スイッチだ! ウカリ  な、何だってー! クレ   しかし、今それを使えば、あんただって無事じゃすまないぞ! インベ  こんな星で捕まって、生き恥を晒すくらいなら、貴様ら全員巻き込んで散ったほうがマシだ!それが私の、美学だ!(スイッチ押す) ―何も起こらない インベ  …あれ? ウカリ  …。 クレ   …。 ―インベ、何回か押す。が、やはり何も起こらない。 インベ  な、なぜだ!なぜ爆発しない!! ウカリ  何か壊れたの? インベ  いや…、あれ…? クレ   何だったらあれですよ、爆発したテイで進めてもいいですけど…。 インベ  そうじゃなくて…。いや、テイって何だよ!本物だから! ウカリ  ここのシナリオはアレだろう?時限爆弾で赤を切るか青を切るかっていう定番の…。 インベ  いやだからシナリオとかじゃなくて…(金属モニュメントに近づく)…ん?あれ?ここのパーツ…。 クレ   あ。 インベ  すでに起爆装置が外されているだと!一体誰が…? クレ   あのぉ…。 インベ  何だ? クレ   ごめんなさい!(外れたパーツを差し出す) インベ  あー!え?君が??いつの間に?? クレ   いや、ここに来たときにうっかり、ガンってぶつかって、その衝撃でポロリと…。本当にごめんなさい。 インベ  いや、あの…これ、ね?起爆装置、ね?で、こっち、爆弾。でね、これ無理やり外そうとすると爆発するわけ。力込めすぎてもダメだし、足りなくてもダメだし、動かす方向間違ってもダメだし…。ね? クレ   はい。 インベ  …どうやって? クレ   はい、ですから、うっかりガンってぶつかって、それでポロリと…。 インベ  だからそれじゃ外れないっての、普通にドカンとなるパターンだよ! クレ   そうは言っても、コレ、実際取れてますし…。 ウカリ  あれじゃないのかね?ぶつかったときの角度とか力加減が、うっかりいい感じに働いてしまった、みたいな…。 インベ  そういうのはうっかりとは言わないだろう…。しかし、くそっ、これでは惑星破壊爆弾を使うことができない。 クレ   本当にごめんなさい! ウカリ  タミヤセメントならあるけど…。 インベ  ガンプラじゃねぇから!そもそもただ、くっつけばいいってもんじゃねぇし。 ウカリ  そうなの? インベ  そうなの!…仕方ない、今回は引き下がろう、しかしいつしかまた私はここにやってくる。その時がこの星の最後の日だ! ―インベ、自転車をうばい、颯爽と乗る。が、 インベ  痛っ!え?…ちょっとー、サドルどこやったんだよ! ウカリ  無くなった。 クレ   無くなった?? インベ  無くなるようなパーツじゃないだろ! ウカリ  そんなこと言ったって無くなったもんは無くなったんだから仕方ないだろう。 インベ  まったく…、次来たときが最後だからな!覚えとけよ! ―インベ、サドルの無い自転車ではける クレ   え?あれ乗り逃げされちゃいましたよ、いいんですか!? ウカリ  うん、あれも数日前にここの前に乗り捨てられてた自転車だから。 クレ   それじゃ本当に超時空航行船ミクロス? ウカリ  まさか…、ん? クレ   あれ…あのままじゃカベにぶつかりますよね? ウカリ  おーい、カベにぶつかるぞー! クレ   ブレーキ!ブレーキ!! インベ  (遠くから)はっはっは、問題ない、なぜならここでワープをするからな!ワープ!! ―ボタンポチ音、に続いて、ガシャン、というSE ―思わず顔を背けるウカリとクレ クレ   うわー、派手に行きましたねー。 ウカリ  ブレーキだと言ってるのにペダルをこぐヤツがあるか。 クレ   免許返納案件ですね、あれはもう。 ―そこにボロボロになったインベ、戻ってくる。 インベ  なぜだ?なぜワープできない!…貴様!何かしただろう、このミクロスに! ウカリ  何もしてなどいない、…ただ。 クレ   ただ?? ウカリ  この前、ふと、ETごっこをやりたくなってね。近くの崖から自転車ごと飛ぼうとしたんだ。 クレ   え?大丈夫だったんですか?? ウカリ  さすがに飛ぶ直前にヤバい!って思ってね、自転車を犠牲にして緊急脱出したんだよ。 インベ  何だってー! ウカリ  何かいろいろとパーツが取れちゃってた気もするけれど、どれも自転車には必要のなさそうなものだったから、多分気のせいだと思う。 クレ   え?じゃあその時サドルも無くなったんですか? ウカリ  ん?あ、ああ、そうかもしれない。 インベ  自転車に必要なパーツも無くなってんじゃんか! ウカリ  だから、もし何かあったとしたら、その時かな?って思うよ。 インベ  いや、確実にその時だから、何勝手にヒトのもの壊してんの? ウカリ  いやー、ついうっかりー。 インベ  うっかりですむかぁー!! ―インベ、ウカリとクレを追い回す ―が、すぐ力尽きて倒れる ウカリ  ん?どうした?? クレ   ちょっと様子おかしいですね。大丈夫ですか? インベ  いや、もうだめかもしれん…。 ウカリ  何? クレ   え?いや本当に、どうしたんですか?(さわる)うわ!すごい熱! インベ  この星での、活動限界が来たみたいだ。 クレ   この星で…って、え?本当に宇宙人なんですか?宇宙怪盗?? インベ  ああ、この星の環境は私の体には合わない、せめてミクロスが動いてくれればこんなことにはならなかったんだが…、もう、諦めるしかないのかもしれない…。 クレ   そんな…、館長、どうしましょうか…? ウカリ  地球を狙っていたとはいえ…、袖振り合うも多生の縁、目の前で死なれたんじゃ寝覚めが悪いからな。…仕方ない。ちょっと待っていたまえ。 ―ウカリ、一度はけ、黒い塊を持ってくる。 ウカリ  さあ、これを食べたまえ。 インベ  こ、これは? ウカリ  いいから食べるんだ! ―ウカリ、無理やりインベに塊を食べさせる。 インベ  う、ううう…。 クレ   大丈夫ですか?ちょっと館長!変なもの食べさせたんじゃないでしょうね? ウカリ  大丈夫だ! クレ   だって何か苦しみ始めてません?もしかして…。 ウカリ  とにかく静かにしているんだ、じき、分かる。 クレ   そんなこと言われても…。 インベ  ぅぅうう、うおー!ふっかーつ!! クレ   え?ええー! インベ  休日は家でごろごろすることが多かったのですが、これを食べるようになってからというもの、元気に外で散歩できるようになりました。六十代、男性。 クレ   突然何言い出すんですか?え?本当に何なんです?何食べさせたんですか? ウカリ  発酵黒にんにくだよ。 クレ   発酵黒にんにく?? ウカリ  これまでは、朝、だるくてつらい毎日でした。でも、コレを食べるようになってからは朝から元気いっぱいです。五十代、女性。 クレ   いや、ラジオショッピングかよ!環境が合わなくて活動限界とか言ってた宇宙人がこんなので助かるの? インベ  助かりました。 クレ   助かるんだ…。 インベ  あなたは命の恩人です。これまでの数々の無礼、申し訳ありませんでした。 ウカリ  いやいや、こちらこそ、本当に宇宙怪盗だとは思わず、いろんなものを壊してしまいました。すみません。 クレ   急に分かり合いはじめた。 ウカリ  これからどうするんですか? インベ  そうですね…、帰るための船もなくなってしまいましたし…、でも、まあなんとかなるでしょう。 ウカリ  そうですか…、あ、それじゃうちで住み込みで働くというのはどうですか? クレ   え? インベ  え?いいんですか? ウカリ  ええ、ちょうど学芸員を募集していたところですし。 インベ  …ありがとうございます。 ウカリ  いいんですよ、困ったときはお互い様ですから、ははは。 インベ  ははは。 クレ   いや、ちょっと待ってください。 ウカリ  なんだね? クレ   確か今回の学芸員募集って1名だった気がするんですが…。 ウカリ  そうだけど?…あ!ああそうか…、えっと(ポケットから紙とりだして)「慎重に選考した結果、まことに残念ながら今回は採用を見送らせていただくことになりました。」 クレ   不採用通知のテンプレで返事をするなー! ウカリ  ま、今回は縁がなかったということで。 クレ   え? インベ  すいません、採用枠譲っていただいて。 クレ   えぇ? ウカリ  それじゃ仕事に関する説明をさせていただきますので、応接室まで。 インベ  あ、はい。ありがとうございます。(二人はける) クレ   ええー!ちょっとちょっと、待ってくださいよー! ―クレ、二人を追いかけて、                       (幕)