海爺(うみじい)   作:伊佐場 武 登場人物 ・ サンゴ ・ 海爺 ・ サンゴの母 ・ サンゴの父   序(幕開前)。   声のみで展開 母   ちょっと待ちなさい!サンゴ! サンゴ やだ!もうやだ! 母   そんなワガママ言わないの!こんなことしている間にも、みんなとどんどん差が開いてしまうのよ。 サンゴ 別にいいもん!勉強なんてもうイヤ!   走る音 母   サンゴ!待ちなさい!サンゴ!   幕開   雨音   海爺の小屋   生活感はないが、腰掛やテーブルに使えそうな木箱などが転がっている。   また、水の入っている樽が置いてある。   そこに、走りこんでくるサンゴ サンゴ うわぁ、濡れちゃった・・・、あんなに天気よかったのになぁ・・・。   ハンカチを取り出し体を拭きながら辺りを見回す。 サンゴ ・・・誰も住んでいないのかなぁ・・・?雨宿りぐらいならいいよね・・・。   体を拭いた後、近くの木箱に腰掛けるサンゴ サンゴ ・・・雨、しばらく止みそうにないなぁ・・・。いいや、別に。あんな家に帰りたくないもん。   小屋の奥から海爺、登場 海爺  誰じゃ? サンゴ ひっ!・・・あ、ごめんなさい。 海爺  ん?何故あやまる?ワシは『誰じゃ?』と名前を聞いただけじゃぞ? サンゴ だって、勝手におうちに入ったから・・・。 海爺  はっはっは、別にそんなことで怒りゃせんわい。ここはワシの家のようでもあり、空き家のようなもんでもあるからの。 サンゴ 私、サンゴっていいます。その、雨が止むまで雨宿りさせてください。 海爺  しっかりしとるのう、それに『サンゴ』か・・・、いい名じゃのう・・・。ワシは海爺じゃ。 サンゴ 海爺? 海爺  ああ、みんなからそう呼ばれておる。あまりにもそう呼ばれるんでな、本名は忘れてしもうたわ。はっはっは・・・。 サンゴ ふふ、変な人。 海爺  そうか、変か、はっはっは・・・。よいよい、雨が止むまでここにおるとええ。 サンゴ 海爺さんは・・・。 海爺  これ! サンゴ え? 海爺  「さん」なんてつけんでええ、お互い名前を知ったんじゃ、もう友達じゃろ? サンゴ うん!あの、海爺はここで何をしているの? 海爺  ワシか?ワシはここで海を見守っておるのじゃ。 サンゴ 海を・・・見守る? 海爺  そうじゃ・・・、多くの人間は海をゴミ箱とでも考えておるんかいのう・・・、海はゴミであふれておる。じゃからワシはここで流れ着いたゴミを集めたり、新たにゴミを捨てようとしている輩がいないか見張っておるのじゃ。 サンゴ へー。 海爺  (樽のところに行き)ここに来てごらん。 サンゴ 何?   サンゴ、樽をのぞく サンゴ わー、きれいな魚。 海爺  そうじゃろ・・・、本当はこんな樽じゃなく、海を泳がせてやりたいんじゃがなぁ・・・。 サンゴ 逃がしてあげればいいじゃない。ダメなの? 海爺  今の海は汚れすぎておってな、コイツは今の海では生きられんのじゃ。 サンゴ ・・・かわいそう・・・。 海爺  そうじゃの、仲間も家族もおらん、たった一匹、こんな小さな樽の中でしか生きられん・・・、かわいそうな魚じゃのう・・・。だがの、この魚だけではない、日々汚されていく海の中で多くの生き物が消えていっておるのじゃ。そしてやがて人間にも影響が出てくる。人間とて無事ではいられん。海が汚れるということはそういうことなんじゃと、人間は気付かねばならん。 サンゴ 何とか、・・・何とかならないの? 海爺  ・・・そうじゃのう・・・、海だけじゃなく、人間は自然を汚しすぎた・・・、だが、まだ何とかなるかもしれんのう・・・、サンゴのような心のきれいな子供たちが、将来、自然を大切にしてくれればのう・・・。ただ、そのためには・・・。 サンゴ 何? 海爺  お母さんの言うことを聞いて、しっかり勉強せねばならんがの。 サンゴ え?何で・・・。 海爺  はっはっは、海爺はなんでもお見通しじゃ。 サンゴ ・・・。 海爺  本当はのう、大人たちが作ったツケを子供たちに回すべきではないんじゃ、自然を汚した大人たちが、自然を戻さねばならん。しかし大人たちだけでは自然を戻しきれないかもしれん。だから大人たちはの、自然を戻し、自然とともに生きる術を伝えねばならんのじゃ。サンゴのお母さんとて、な。 サンゴ そっか・・・。 海爺  這えば立て、立てば歩めの親心・・・。親というのはの、常に子供の未来を見据えて成長を願うものなんじゃ。時に厳しくなってもの、生きていける環境を自ら作れる大人になってほしいのじゃ。 サンゴ うん、わかった! 海爺  はっはっは、サンゴは本当にいい子じゃのう。・・・さて、長話になってしまったの、何か飲むか?・・・といっても水か茶ぐらいしかないがの。 サンゴ うん。 海爺  よし、じゃ、待っとれ。   サンゴ部屋の中を見回し、再び樽の中を見る。   その時、部屋に入ってくる父 父   サンゴ! サンゴ パパ。 父   (外に向かって)おい、いたぞ!   母、入ってくる。 母   サンゴ! サンゴ ・・・ママ。 母   サンゴ、ごめんなさいね、ちょっと厳しく言い過ぎたわ。 サンゴ ううん、だってママは私のこと思って言ってくれたんだもの、私こそワガママ言ってごめんなさい。   父母、意外な展開にキョトンとする。 父   ああ、それよりお前、よくここにサンゴが居るって分かったな? 母   ふふ、実はね、私も昔、よくここに逃げてきていたのよ、お母さんに叱られた時とかにね。未だにこの小屋があるとは思わなかったけど・・・。 サンゴ あ、パパ、ママ、私、新しいお友達が出来たんだよ。 母   おともだち? 父   こんなところでか? サンゴ うん、海爺っていうの。海爺ー、海爺ー。   サンゴ、海爺を探しながらハケる。 父   こんなところに誰か住んでいるのか? 母   いいえ、ここは昔から空き家よ。 父   え?じゃ、変質者でも住み着いているんじゃないか? 母   ・・・たぶん、違うわ・・・、海爺が、あの海爺なら・・・。 父   は? 母   ふふ、何でもない。   サンゴ、戻ってくる。 サンゴ 海爺、いなくなっちゃった・・・(樽を見る)・・・あ、お魚も! 父   おい!やっぱり一応警察に・・・。 母   大丈夫よ、サンゴだって無事じゃない。 父   しかし! 母   サンゴ、海爺はね、サンゴがいい子だって分かったから、安心して帰ったのよ。 サンゴ え?でも海爺の家はここじゃないの? 母   海爺の本当の家はね、海の中にあるのよ。 サンゴ じゃあもう会えないの? 母   う〜ん、海爺も忙しいからね・・・、でもサンゴがいい子にしていれば、いつかまたきっと会えるわよ。 サンゴ うん、分かった! 父   よし、サンゴ、家に帰ろう。 サンゴ うん。 父   競争だ!(走り出す) サンゴ あ、待って、パパ。・・・あ、パパ、ゴミとか捨てちゃだめだよ、海が汚れるとね・・・。   サンゴ、父を追いかけて去る。   外はいつの間にか晴れている。   母、去りかけて、 母   ・・・海爺・・・、ありがとう・・・。   舞台の奥、ふっと現れた海爺と、魚のいた樽にスポット。   海爺、ゆっくりとうなずいて、                               【幕】