「占いの館」 作:伊佐場 武 【CAST】 シマダ(占い師、シマダヒデミ): マスノ(OL、マスノエイコ): ―繁華街の路地裏、周囲にはパイプ椅子二脚と、小さく「占いの館」の看板。 ―そこに仕事帰りのOL、マスノが通りかかる。 マスノ  …も?、世間は在宅勤務の流れになってきているのに、なんでウチは出社しなきゃならないのよ。コロナの影響で応接もほとんどないし、私行く必要なくない?オマケに今日はマスク忘れちゃったから、こんな路地裏通ることになっちゃって…、はぁ…、やっぱりそろそろ、潮時なのかなぁ…? ―マスノ、バッグの中から「辞表」を取り出し、見つめる。 マスノ  (頭を振って)ううん、今辞めてもどうにもならない。(辞表を丸めて)とりあえずもうちょっと頑張ってみて、落ち着いた頃に…ね。うん、えいっ!(投げる) ―そこにほうきとチリトリを持ったシマダ登場 シマダ  ちょっとアンタ!ウチの前はゴミ箱じゃないよ! マスノ  え?あ、すみません。 ―マスノ、回収しようとするが、シマダが掃きとってしまう。 シマダ  まったく、いつもここにゴミ散らかしていってるのもアンタかい? マスノ  あ、いや、違います。今日はたまたまこの道を通ったもので…。 シマダ  だからポイ捨てしてもばれないと思ったのかい? マスノ  いえ、そういうわけでは…。 シマダ  ふん、どうだかね…(辞表を広げる)。 マスノ  あ、ちょっと! シマダ  なんだい? マスノ  いや、その…、中を見るつもりですか? シマダ  そうだけど? マスノ  ちょっと待って下さい!勝手に読まないでくださいよ! シマダ  何が勝手だい!いいかい?これはさっきアンタが捨てたものだ、そうだろう? マスノ  ええ、まぁ。 シマダ  そしてその後、私が拾ったんだ。 マスノ  はい。 シマダ  つまりこれはもうアンタのものじゃない、捨てた時点で所有権を放棄し、私が拾った時点で私のものになったんだ。私のものを私がどうしようと、それこそ私の勝手じゃないか。 マスノ  いや、その、そう言われると…。 シマダ  ふん、…辞表??なんだい?アンタどっかのお偉いさんなのかい? マスノ  え?あ、いや、私はただのOLですが…。 シマダ  OLのクセに辞表ってなんだい。 マスノ  いや、今の仕事が自分に合っていない気がしたもので…。 シマダ  そういうこと言ってんじゃないよ。 マスノ  は? シマダ  そういうこと言ってんじゃない、って言ってんだ。あのねぇ、辞表ってのは、それなりに役職についている人間が書くモンなんだよ。アンタみたいなヒラが辞めるときはまず「退職願」、さっさと辞めたいときは「退職届」を書くモンなんだよ。 マスノ  え?あ、そうなんですか?? シマダ  まったく最近の子たちは勉強は出来るかしらないけど、一般常識ってモンを知らなさすぎる。ま、親も共働きで、学校も受験勉強ばっかりじゃ、そうなっちまうのも仕方ないけどさ…。 マスノ  すみません…。 シマダ  いいんだよ、アンタ一人が悪いわけじゃない。それより、何か悩みでもあんのかい? マスノ  あ、いやぁ…。 シマダ  ないってことないだろう?こんなモン書いているんだ。私でよけりゃ聞いてやるよ。 マスノ  いや、でも、掃除のおばちゃんに聞いてもらったところで…。 シマダ  掃除のおばちゃんじゃないよ! マスノ  え?だけど…(掃除道具を指差す) シマダ  店先が散らかってたからね、掃除してただけだ、アンタみたいにポイ捨てする輩が多いもんでね。 マスノ  あ!すみません。 シマダ  本職は、(看板のところに行って)コッチ。 マスノ  「占いの館」? シマダ  ああ、これでも昔は有名だったんだよ?あの…、ホラ…、その…、なんとかじゅくの母、とか言われたりして…。 マスノ  ええ!?あ!ええ!?…え?もしかして…、新宿の母? シマダ  いや、新宿じゃない。 マスノ  新宿じゃねぇのかよ!じゃあもう大体似たり寄ったりだよ。 シマダ  大丈夫、とにかく有名だったんだから。 マスノ  本当かなぁ…。 シマダ  それじゃ…ええと…。 ―シマダ、パイプ椅子と机を持ってくる。 ―片方は椅子のみ、もう片方は椅子と机を、ロングディスタンス確保し、設置する。 シマダ  よし、と。はい、そっち側座って。 マスノ  え?こっちですか?はい。(机のない側に座る) シマダ  (机のある側に座って)…はい、それじゃ何に悩んでるか聞かせてごらん? マスノ  え?ここで??ていうか離れすぎでしょ。 シマダ  何―?聞こえなーい、もうちょっと大きな声でお願―い! マスノ  えー…(大きい声で)あのー、ここでー、話をするんですかー? シマダ  何だってー?? マスノ  (もっと大きい声で)ここで、やるのー? シマダ  全ッ然、聞こえなーい。もっと、お腹から声だしてー!ほら、アメンボ赤いな? マスノ  あいうえおー! シマダ  浮き藻に小えびも? マスノ  泳いでるー! シマダ  はい、そんな感じで言ってみてー! マスノ  (普通の声で)こんな感じで?…本当に聞こえてないのかなぁ? シマダ  本当に聞こえてないよー! マスノ  いや、聞こえてるよね? シマダ  ううん、聞こえてない。 マスノ  聞こえてるわ!会話成立しまくってるわ!ていうかこんなに離れる必要ないでしょ? シマダ  これが新しい日常ってやつだよ。 マスノ  いや、そうかも知んないけど、でも相談って基本的に人に聞かれたくないことだから、こんなに離れて、しかも大声で、ってのはちょっと…。 シマダ  まったくしょうがないねぇ…。(フェイスベールつけて)それじゃこれつけるから、椅子もって、その(中央あたりを示し)、そこらへんに集合。(移動する) マスノ  そのペラペラで何とかなるような気がしない。 シマダ  つけないよりはマシだろう?ホラ、早く。 マスク  (移動しながら)…大丈夫なのかなぁ…? シマダ  そこ! マスク  (びくっ)はい? シマダ  そこに置いて、座って。 マスダ  いや…、まだ結構離れてますけど? シマダ  これ以上はムリなんだよ。だからそこ、そこに座って。 マスノ  あ…はい…。 シマダ  さて、それじゃ…。 マスノ  あ、ちょっと待って! シマダ  なんだい? マスノ  あの…料金は…? シマダ  しっかりしてるねぇ。 マスノ  だって今日そんなに持ち合わせがないから…。 シマダ  こっちから声かけたんだし、いいよ今日はタダで。 マスノ  本当ですか?ありがとうございます! シマダ  ったく現金だねぇ…。それじゃ、なんにする? マスノ  ?なんにする?って?? シマダ  占いの種類だよ、 マスノ  え?あ!選べる感じなんですか? シマダ  何でも出来るよ、四柱推命、六星占術、七政四餘に九星気学、0学、易学、マヤ占い、風水、手相、姓名判断、宿曜占星…。 マスノ  ちょっと待って!え?そんなに?そんなにあるの?? シマダ  いや、まだまだほんの一部にすぎないよ。他にも有名どころのやつは大体できるから、試しに何か言ってごらんね。 マスノ  じゃあ、動物占い…。 シマダ  黒ヒョウだね? マスノ  いや、まだ何の情報も教えてませんけれど…。 シマダ  分かるよ、だってアンタいかにも黒ヒョウって顔してるもん。 マスノ  いかにも黒ヒョウって、どんな顔ですか。 シマダ  でも、当たってるんだろう? マスノ  …はい。 シマダ  ほらね。それじゃ本題に入ろうか、何の占いがいい? マスノ  それじゃ、無難に…タロットで。 シマダ  はいよ…(机の中探すが)、ああ、ダメだ! マスノ  どうしたんですか? シマダ  タロットは午前中使っちゃったから今日はもう使えないんだわ、ごめんね。 マスノ  回数制限とかあるんですか? シマダ  いや、そうじゃなくてね、今消毒中なのよ。ホラこんなご時勢だからさ。 マスノ  ああ…、え?でも消毒なんて、シュシュっとやれば終わりなんじゃないの? シマダ  タロットでそれやったらカードがへにゃへにゃになっちゃうじゃない。 マスノ  それは…確かに。 シマダ  だから今、紫外線で消毒中。じゃあ代わりに、トランプ占いをやってあげようかね。(トランプ取り出す) マスノ  トランプ占い? シマダ  これは大丈夫よ、今日まだ出てないから。今日どころか、ココ一年やってないから。 マスノ  いやむしろ大丈夫なんですか? シマダ  (カード切りながら)大丈夫大丈夫、こっちのほうが当たるから、コレが一番当たるヤツだから。(カード並べて机から離れ)それじゃそこのトランプから5枚、適当に選んで。 マスノ  (渋々)えぇ…それじゃ…(5枚選ぶ)…これでいいですか? シマダ  うん、そしたら、選んだ5枚を伏せたまま、横一列に並べて マスノ  (並べて)はい。 シマダ  それじゃ席に戻って。 マスノ  席…? シマダ  椅子のところだよ! マスノ  あ、はい。(座る) ―シマダ、マスノが椅子に座ったのを確認して、机に移動。 ―シマダ、カードを一枚ずつめくる シマダ  どれどれ…うん…おー…はいはい…、うーん、そうか…。はい、出ました。まず1枚目のカード、これから分かるのはアンタが今仕事のことで悩んでるってことだ。 マスノ  いや、それここまでの流れで何となく分かってたことですよね? シマダ  そうだけど、コレを引いたってことで今の一番の悩みが仕事だって分かったって言ってんの。つまり今のアンタは他の悩みに引っ張られて仕事がイヤになってんじゃなくて、仕事そのもので悩んでいるってことさ。違うかい? マスノ  ええ、まあ…。 シマダ  それで2枚目がコレ。これを見ると、なるほど、やりたいことがある、と。 マスノ  …え? シマダ  そして3枚目。まだ、諦めていない。 マスノ  …はい…。 シマダ  4枚目、仕事で役に立てているようには思えない、自分に出来ることが他にあると感じている。そして最後の5枚目、でも今辞めて失敗したらどうしよう?という不安がある…。 マスノ  いや待って!何でそこまで分かるのよ!こんなトランプでそこまで分かるわけないじゃない! シマダ  (残りのトランプ切りながら)おや?違ったのかい? マスノ  違ってない…けど…、でもこんなので…、ええ?本当に…? シマダ  (自分でカード引いて)ほうほう、漫画家になりたいのかい? マスノ  へ? シマダ  (カード引く)へぇー、小学生の頃からね。 マスノ  いや、ウソでしょ!? シマダ  (カード引く)なるほど、大学生の頃には持ち込みもやってたのかい。 マスノ  待って待って! シマダ  (カード引く)ペンネームは「M・フランソワーズ・エイコ」。 マスノ  もうやめて! シマダ  …なんだい、恥ずかしがる必要などないじゃないか。 マスノ  …。 シマダ  それが自分のやりたいことなら、しっかり向き合って、努力していくことは恥ずかしいことなんかじゃない。そんな努力も出来ないやつに、今の仕事では見つけられなかった、「自分に出来ること」なんか見つかるはずがないんだからさ。 マスノ  …分かってるよ…、そんなこと分かってるんだよ。でも…。 シマダ  でも? マスノ  …。 シマダ  なんだい、言わなきゃ分かんないだろう? マスノ  …ペンネームを…。 シマダ  何だって? マスノ  ペンネームを言うのはやめて!気の迷いだったの!若気の至りだったの!私の黒歴史なの! シマダ  …。 マスノ  …。 シマダ  …ぷっ…。 マスノ  ほらぁ、笑われたー! シマダ  ははは…いや、ごめんよごめんよ。確かに、フランソワーズは、ないねぇ。 マスノ  もうやめて言わないで! シマダ  フランソワーズとフランボワーズって似てるよね? マスノ  ?…何の話? シマダ  いや、似てるなって思って…。 マスノ  何だそれ、どうでもいいわ! シマダ  でもまぁ、やりたいことがあるってんなら、その道に進んでもいいんじゃないかねぇ…。 マスノ  …。 シマダ  まだ、諦めてないんだろう? マスノ  …うん…、でもムリよ。 シマダ  どうして? マスノ  だって…、向いてないから…。 シマダ  そうかい?私の占いによれば、(ポケットからジョーカー取り出す)おや、波乱を巻き起こすって出ているよ。 マスノ  波乱って、やっぱり向いてないじゃないですか。 シマダ  そんなことはないさ、時代を動かす人間ってのは、常に波乱と共にやってくるもんさ。私は向いていると思うけどねぇ。 マスノ  …。 シマダ  ま!何を選ぶにしたって、アンタの人生さ。せいぜい後悔のないように生きればいいさね。 ―シマダ、机はそのままで椅子を片付け始める マスノ  …上手くいくと思う? シマダ  それはさすがに分かんないね、それこそアンタ次第さ。でもね、自分を信じていなけりゃ、自分の価値なんざ見出せないもんさ。アンタはまず、自分を信じることから始めるこったね。 マスノ  …信じらんないよ。 シマダ  そうかい。 マスノ  だって今まで流されるように生きてきて…、夢もあったし、諦めたわけでもないけど、どうせ無理だって思っているし…、仕事だって必要とされているのか分かんないし…、こんな流されるばっかりの人生で、生きている意味すらあるのか分かんないんだもん! シマダ  アンタはね、いや、アンタだけじゃない。若い子達はみんなそうだ。生きる意味が分からないってすぐに言う。アンタたちはね、生きる意味が分からないんじゃない、自分の価値に気付いていないだけなんだ。アンタたちの過去なんざ、私達に比べればちっぽけなもんだ、なのにそのちっぽけな過去にとらわれて未来を諦めようとする。アンタたちの未来は、私達に比べれば遥かに長く広がっているというのに…。これまでどう生きてきたか、で人生を諦めるには、早すぎるんじゃないのかい?これからどう生きていくか、で人生を決めてもいいと思うけれどねぇ…。 マスノ  …。 シマダ  だからって、アンタの人生に責任持てるわけじゃないし…、まぁだから要するに、好きにすればいいさね。 マスノ  (笑いながら)何それ、無責任。 シマダ  そりゃそうさ、何しろ私は、(フェイスベールを三角巾に見立てて)ただの掃除のおばちゃんだからね。 マスノ  あ、気にしてたんだ?…ふふふ…。 シマダ  ははは…。 ―二人、笑いあう マスノ  あーあ、話したらスッキリしちゃった。 シマダ  一人で抱え込んでちゃ答えが出ない時がある、そういう時は赤の他人にでも話しちゃうのが一番さね。 マスノ  もうちょっと考えてみる。自分が本当にしたいことが何なのか?何をやりたいのかを。 シマダ  そうだね、人生長いんだ。急いで結論を出すこともないだろうよ。 マスノ  …また来てもいいかな? シマダ  必要だったらね。ま、話を聞いてやるくらいしかできないけどさ。 マスノ  それで十分だよ。 シマダ  そうかい。ならいつでも来ればいい。それと、コレ持っていきな。 ―シマダ、ポケットから先ほどのジョーカーを取り出し、机に伏せて置く ―距離をとってから、マスノ、近づいてカードをとる マスノ  これは? シマダ  今日の記念に。ま、お守りみたいなもんだと思って持っておきな。 マスノ  うん、ありがとう、それじゃ。 ―マスノ、ハケる。 ーシマダ、見送った後、 シマダ  頑張るんだよー!フランソワーズ!フラン、ソワーズ!フーラーンー…。 ―マスノ、ダッシュで戻ってくる マスノ  言わないでって言ってるでしょー! ―シマダ、笑って「フランソワーズ」を連呼しながら反対側にはける ―マスノ、追いかけて、そのままはけて 幕